思い出すまま - No141 /  prev top next

 選挙
 アホな国民がアホな政党を選んだ。です。
 今の自民党に僕は何にも期待しません。原発廃棄の道のりを引き延ばし、にねじ曲げないか心配するだけです。経済は大切ですが、日本が変わる、変えると言ったものが何もなではありませんか。経済は制度を変えながら復活しなければ永続性はありません。
 政権を失いましたが、民主党を悪く言うつもりはありません。鳩山さんも菅さんも正論を言っただけです。政治家としての狡猾さに欠けといたことが、この政権の命取りとなりましたが、問題は残り続けるます。
 鳩山さんはまとまっていた普天間の移転の話に手をつけず、沖縄の他の問題に取り組むべきだった。と思います。そういうずるさがあっても良いと思います。菅さんは消費税の話を選挙前に安易に口にした。参議院選挙で敗北してすべてが狂いだした。彼らの政治家としての青さが招いた結果です。それらは日本の抱える問題を率直に言っただけのことです。
 
 選挙結果について絶句としか言いようがありません。過半数そこそこならともかく三分の二以上とは。民主党が勝った時も、票のあげすぎと思った。馬鹿な国民といったのは、政治は国民がコントロールするものだからです。こんなに票をやったら権力者の傲慢さが出てきます。それは国民の不利益となるからです。
 民主党がたいしたこと出来なかったのは、国民の保守化、変化を恐れる心が何もさせなかったのです。参議委選挙の敗北がすべてです。民主党は自民党の尻ぬぐいをしただけと言うことです。変化を望まないで済めばいいが、問題は残るわけで、二倍三倍の代償を払わされるのは、国民です。最高裁判所の選挙の無効を期待するしかありません。
 
 経済の活性化は有り難いが、そのやり方です。金融政策、公共投資だけでは直接的なカンフル剤でしかないのです。日本の抱えている本質的経済の問題、労働人口の減少と福祉関係の負担増加です。それらに合わせた経済構造を変化するなかでしか経済も活性化するしかありません。女性と子育て環境の改善、後地方ですね。地方の地場産業の育成、農業、林業、漁業です。中央官庁の権限を県や市町村に委譲すること。地方経済が力を持てば、TPPや関税撤廃の流れに勝てるです。
 
 安倍政権どうなりますか、自民党としてもとても悪い勝ち方したと僕は思います。石破さんのような旧来の派閥でない人が出てきたのに、大勝したことによって古い体質が復活するのではないかと思います。維新の会との連立なら、保守党としての体質が改善が出来たのですが、古い派閥政治が復活するようじゃ、この政権も長いことありません。
 僕は理屈じゃなく勘です。気にくわないのです。バブルの頃のような、国民が思考停止に陥っている感じがして。地震からの逃避、原発からの逃避で政権選んだ気がしてね。
 
 石原慎太郎
 暴走老人はけっこうだが、貴方は政治家としての賞味期限は切れています。引退しなさい。と言いたいですね僕は。政治の主役は四十、五十代に置くべき、頑張って六十代まで、それ以降はアドバイザーに退くべき。同じことが小沢一郎にも言える。彼らが前面にいると、若い人が伸びない。四十、五十代では、政治の世界では若造ではあるが、失敗しなければ大きくはなれない。
 権力は人の欲望の集合したもの、年取っても権力の座に居座ろうとする姿は醜い。保守とか革新とか関係ない。年取っては多数派の若い人の代弁は不可能だかです。同じことを言っても四十代と八十では使う言葉が違う、その違いこそが時代の変化です。彼の発言には焦りが見え隠れします。「もう時間がない、これが最後だ。」という彼の心の声が聞こえます。その焦りが判断を狂わす、それこそ老害のなにものでもありません。橋下さんのアドバイザーに下がるべき、です。
 権力は欲望の集まり、若ければそれを夢の話に誘導することが出来る。年取っては無理。暴走するなら他のところで暴走しなさい。です。
 
 後、嘉田さんの政党が伸びてこないのも不満です。急ごしらえの政党であることや小沢一郎の陰が大きいのだと思いますが、日本の「緑の政党」になるような気がして、期待しているのですが。他の環境派の議員や環境問題を扱っている専門家達が集まることが出来たら面白いのですが。
 しばらく脱原発は遠のきます。民主党以上に自民党が原発の稼働基準を厳しくするとは思いません。原発政策の後退は明らかです。
 後日、嘉田さんと小沢さんのグループが分かれると報道された。いいことです。権力志向は必要ない。かえって害悪。反原発の政党として様々な専門家、グループが集まり、新しい政策を提出出来ればいい。
 
 僕の気がかりは原発問題です。脱原発の流れがストップして、後退するのではないかということです。ここを中心に見てゆこうと思っています。
 
 年末はそば打ち三昧
 昨年末はバラッド(大工仕事の仲間)や、豊田のBeatriceの新年会と新たな機会が増えて百人以上お蕎麦を打ちました。良いですね、食べ物は、「美味しいか、美味しくないか」それだけでいい。美味しいものはみんなを幸福にするし、心を和ませることが出来ます。
 一度しか教わっていませんが、僕のそばの師匠は叔父の渡部久。叔父のそば打ちを思い出しながら打っていますが、どだい無理、玄そばを自分で製粉しなければ、叔父のそばにはならない。叔父に教えを乞うまで、さんざん失敗を重ねていましたので、叔父のいうことがすぐに分かりました。それから失敗しなくなりました。
 お蕎麦は粘り成分が少ないから、おそばのような細い麺にすることは大変、日本だけの食べ方です。それだけに十割そばは格別の味がするのです。後はそば打ち日記をご覧ください。
 
 姉が電話かけてきて、叔父さんの道具引き継ぐそば屋になったら。などという。それは無理、趣味だからいい。と断った。やれば出来ます。そこらのそば屋さんよりはいいそば打てるようにはなると思います。ただ自分の気持ちは収まらない。いろんな処に首をつこんでで来て、毎日おそばに自分のみを拘束されたら、たまったもんじゃない。趣味は趣味、道楽は道楽、心の選択肢、自由度は常に確保しておくことが大切です。
 
 1212年は僕にとってどんな年
 新たなそば打ちの仕事が入ってきたりして、一年を反芻する時間が持てない。気持ちをぐっうと下げることが出来れば、前に向かって進む力も出てくる。
 大震災の影響で「感謝」と言うことが一つのテーマになった。九月に「ありがとう」と言う詩が書けたことは嬉しいことです。ただの日常に対して自然とそんな感情が出てきたからです。また何人かの知人が不幸な死を遂げたが、ささやかな会で送ることも出来た。長い夏と短い秋、淡々過ぎる日常。悪くはないが殊更いい出会いがあったわけでもない。
 でも、平凡な日常に「感謝」と言う気持ちが感じられたから良しとしましょうか。
 
メグちゃんからの年賀メール ↓
 さて、1213年は、何が出来るか
 「絵を描かないなら何をするか」それを探すのがテーマです。そば打ちや大工仕事だけではないはず。闘いたいね。1213年は新たなものを見付けたい。出会いです。動くこと動かなければ出会いは起こらない。基本は感謝、それは変わらない。馬鹿でいい。

No141 /  prev top next