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移    住
菅野 ゆきえ

※写真1 宿の前にて 左から
よし子、洋子、ゆきえ、ボランティア運転手の山さん
 5月半ばに秋田に行ってきた。
 高校時代からの友人のよし子さんが4年前に秋田に移住した。その直後に始まったコロナの流行のせいで長く会えないでいたが、一段落した今、仲良しの洋子さんと久しぶりに会いに行ったという訳だ。
 よし子さんの夫君の成さんが元々秋田の出身で、東京の会社に65歳まで勤めた後、秋田の実家近くに古民家を買って民泊を始めたのだ。
 よし子さんは当初とても悩んで、
 「老後はふたりで旅行でもしてのんびり暮らそうって思っていたのに。今更この年で知らない土地に行って知らない人をもてなすなんて自信がないわ。行きたくない!」
 と、半泣きになりながら抵抗したらしい。成さんは、
 「10年やったらやめるから、俺の最後のわがままだと思ってついてきてくれ」
 と、土下座して口説き落としたという。
 
 秋田駅から車で20分。田んぼや畑の広がる秋田平野の一角。1700平米もの広大な敷地に2階建ての母屋、隣接して2階建ての別棟、良く手入れされた作庭、駐車場の奥には小さなコンサートができる屋根付きステージまである。
 古民家というと茅葺屋根や建付けの悪い板戸等をイメージするが、ここはさほど古くはない。築30年くらいしかたっていない日本家屋である。この辺りの地主が住んでいたという。跡取りがなく、その人が病気で亡くなってから5年くらい空き家になっていたのを成さんが買い取ったのだという。
 トイレや洗面所を増設し少し手を加えはしたが、畳や襖、障子もまだ新しい5部屋の和室もきれいでそのまま客室として使っている。別棟は洋間で4部屋あり、合わせて最大36人は宿泊できる。
 
 大きな窓のある10畳の茶の間でくつろいでいると、成さんのスマホにはひっきりなしに問い合わせの電話がかかってくる。自転車で日本一周旅をしているという青年だったり、若い夫婦のプチ旅行だったり。最近ではドイツ人青年3人の〝日本の田舎巡り旅″なんていうのもあったそうだ。少年サッカーチームの合宿所、電気設備工事技術者たちの短期簡易宿泊施設になったこともある。コロナ禍なんのその、結構繁盛しているようだ。
 あくまで〝民泊″なので食事は提供できない決まりになっているそうだが、そこは情に厚いよし子さんと成さんのこと、庭のバーベキューを手伝ったり、ビールやお菓子を差し入れたりと家族同様にもてなしているという。
※写真2 角館を人力車にて散策 
 成さんにとっては元々道楽の延長みたいなもの。儲け度外視で「みんなで楽しくやれればいいべ」というスタンスなので、自分で作った屋外ステージで町の民謡大会を開催したり、アマチュアフォークコンサートをしたりと、地域の活性化にも余念がない日々だ。
 そんなこんなでこの家は常に大勢の人が出たり入ったり、わいわいがやがやと賑やかだ。
 4年前、秋田への移住をあんなに嫌がっていたよし子さんは、なんとまぁ! 生まれも育ちも秋田と思われるほどすっかり秋田に馴染んでいる。
「近所の人に誘われてテニスとバレーボールを始めたの。友達もたくさんできてすごく楽しいわ。秋田の郷土料理も教えてもらっていろいろ覚えたのよ」
 と、屈託なく笑っている。
 「ここの気候が生まれ故郷の会津に似ているのよ。この花もこの山菜も会津とおんなじだって思うと、実家にいるようでなんだか安心するの」
 「一番はやっぱり人情味が厚いことかな。みんなとんでもなく親切でやさしいの」
 と、秋田愛トークがとまらないよし子さんである。
 成さんは、
 「この人のおかげでリピーターの多い宿になっているんだよ。美人女将がいるってね」
 と、なんの照れもなくよし子さんを自慢する。
 当初「10年でやめるから」と言っていた成さんだが、やめるどころか、近々隣町に2号店を計画しているらしい。
 「わたし、まんまと騙されたのかもね」と、よし子さんは緩やかに苦笑している。
 
 先号に私は高齢になってから別居してしまう夫婦のことを書いた。(乱蘭通信203号『春の風になる』)残りの人生の幸せのために敢えて別れを選択する主婦の勇気をたたえた。
 しかし、ここに高齢になっても力を合わせて新しいことに挑戦している夫婦もいることを報告しておく。たぶん彼らが言うほど良いことばかりの移住生活ではないだろうと思うが、二人で労りながら前を向いていく姿勢に羨望と感動を覚える。
夫婦のあり方なんて千差万別、幸せの形もそれぞれなのだ、と改めて思う。
 
 「洋子さんもゆきえさんも秋田に移住してくれば? 部屋はいくらでも空いているからさ。みんなで楽しく暮らそうよ」
 夫婦でお気楽に誘いの言葉をかけてくる。
 洋子さんは「雪がたくさん降るからいやよ」と即座に断っていたが、(う~ん、このくらいの田舎でこの人たちの傍なら移住してみてもいいかも…)一瞬、コトリと心が動いた私なのであった。          
2023・6・14
 
※ 行ってみたい方は〝秋田 民泊 門脇家″で検索してみてください。

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