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連日  

○社会生活に専念すればするほど隠棲の気分が濃くなってくる。

○理解などない。理解できないままふいに響くことがありえるという消息。響き、そこに聴える響きと、そこに聴えない響きとに立ち会うこと。聴えるものと聴えないものとに揺れること。

○私が死んだ人間からできている、壊疽から成立っている、ということがわかりますか。死んでしまった人間が今なお私のなかで生きているというのではない。今なお生きている人間が生きながら壊疽と化し、私の成立ちを占めるその人間の、私をかたちづくっているほとんどすべても、私のなかで壊疽と化している。それは生きた傷の生きた痛みではないのだ。

○責任とは、関係を解消しうるどのような一存もないということだ。この関係を清算し、次の関係へ路をひらく、などということはありえないと知れ。解いたつもりの関係、それは謂わば死者となって届く。死者の発端から、ほとりであり最涯(さいはて)であるような向うから、はるかな呼び声となって響いてくる。私は響きにふるえずにはいられない。鳴り出さずにはいられない。

○水を飲む。それは窒息によって窒息をくだすことである。

○青天そのものが霹靂。

○日常は組み伏せられた取り乱し、組み伏せられたまま持続する取り乱しにほかならない。

○破綻は機能の欠如ではなく機能の過剰である。

○過ちを引き受けること、それが生命。過ちを排しては生まれて来なかった。過ちは恵みである。すでに過っている、過ぎてしまっている。それが見えるということである。

○風は、ここに、ここではないと告げる。ここではない。生じたのはここではない。今ではない。それが今ここに伝わり、今ここを存分にそよがせる。ここに非ず。こころがここにないのではない。ここにないことがこころの端緒であり、指示なのだ。

○顔に染まるゆえ、日ごと顔を洗う。顔を洗い落す。楽(がく)のように染まり、楽のように洗う。顔のあった場所。顔だった箇所。私が通りぬけられぬ壁。私が跳び下りられぬ崖。

○すべてのものが日に透ける。すべてが日に重なり、日を隠しあえず隠す。隠して、鳴る。日に鳴る。それぞれの居場所を動揺させる。何も憶いだす余地はない。

○渇くとはこれ以上滲みようがないということだ。滲む方なく、進退は窮まる。窮まって、身体そのものが立ち塞がる。

○滲めばすなわち祈られてある。めぐるものすべてにここを通われ、あふれて抜けられる。水面のように身を取られる。

○横隔膜に虹が渡る。

○癈人寸前。癈人に至る前にすでに癈れおおせているため、癈人であることにどうしても重なりあわぬ者。癈れてゆくプロセスが省かれてしまっている(あるいは隠されてしまっている)、常人としての歩みから逸れてゆくきっかけもあたえられない者。

○なぞらえて、ながらえる後(ご)の身持ちかな。

○死者は私の隣を明かす。

○じぶんでないもののいのちを奪い、自分のからだのなかへ葬り取る、この日々の営み。私のからだが死者を招き寄せる。無数の死者が生きて犇くこのからだこそ彼岸にほかならない。

○顔は水面である。くるしむ水が水であることにとどまってひらく。眠る者の顔は転じて私の水面となる。私はこの水面の向うへ出ることができない。

○水から来て、水へと渡す、私が。吹き抜ける由を知る。奥まって影となる方。

○踏み迷って足音を背負い込んでしまう。鳴り止んだ足音を。

○近づく雨は、ここに降っていてもさらに近づく。至ることはない。近づいてやまず、近づき尽すことなくやむ。雨は近づくことを告げる。雨が近づくことを告げ、雨におくれて近づく何かを告げる。

○声の地帯。声の域。私のからだが私のからだに踏み込んでいる。からだが声を帯びる。私を帯びる。帯電状態。待機の状態。避雷針。

○部屋に光が溢れて消える。光とともに部屋が消える。

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