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道中日記 4

4月19日

午前9時起床。佐世保の街、雨に煙る。庭先に稚児百合。馬場崎尊父、傘差して坂道を登ってくる。楠樹は樹齢200年、佐世保一の大樹という。街の方で火事、サイレンあまたここを先途と喧(かまびす)し。すかさずジュン遠吠え。求める眼をして何度も遠吠え。窓柵ごしに何度も握手する。車で弓張岳展望台。霧濃く見晴し皆無。心眼を以て嘆賞す。“美しき天然”の碑。作詞の地の由。サーカス、ちんどん屋で馴染みの曲。詞があるとは知らなんだ。


空にさえずる鳥の声

峰より落つる滝の音

大波小波とう鞳と

響き絶えせぬ海の音

聞けや人々おもしろき

この天然の音楽を

調べ自在に響き給う

神の御手の尊しや


昼、山崎手打ちの蕎麦をふるまう。日頃何を食べても黙っている馬場崎尊父に“旨い”と言わせ、得意満面の山崎。そもそも九州には蕎麦屋とぼしく、そばと言えばラーメンのことを指すとか。甲斐甲斐しく介添えする古津を見て尊父曰く“大将の娘さんかい”

3:00、辞去。大瀬戸へ赴く。途次見事な石垣多し。海に臨む法務局。山崎登記簿照会、思わしからず。地番が判らねば調べられぬ由、ほとんど門前払いの態。曇天あつく垂れこめ、風穏やかならず。ときおり小雨まじる。佐世保へ取って返す。Jazz Room いーぜる。マスターの父あたかも今日死去の由。“蜂の家”にてビーフカレーを食べる。山崎昔なじみの店。アーケード街に、おそらく拾い集めた花束を髷のように頭に挿した“花爺”、ベンチに腰かける。ホームレスだろう、界隈の名物男か。すぐ隣に女子高生が携帯電話で話している。気もちが明るくなる。

7:30、馬場崎を拾い、陶芸家田淵家“花伝房”を訪ねる。陶器すばらし。仕事場にほそみ(犬)。家の造作美事。最近大幅に手を入れた由。白木を活かした品格薫り立つ。煤竹あしらった玄関・便所。玄関の間に床の間、花壺。左手仏間。白樫の手すり、二階へ案内さる。取り払った天井裏に息を呑むようなぶっちがえの梁。雨戸嵌めの納戸、奥にくぐりの間。職人に恵まれたとの言。庭に姫桜。先日TVの取材あった由。裏手の山にのぼり窯をつくる予定。窯元展、年一度。本家の家作ゆえ、蔵から家伝の漆器などぞろぞろ出てきたとか。裏山で採れた竹の子煮、つわぶき、ビール、燗酒。古津このあと運転ゆえ飲まず。田淵、山崎と高校2年同級、ラグビー部。山崎水泳部部長。昔話に花咲く。ラグビー部員に水着を貸してインキンをうつされた話。山崎授業中いきなりトイレットペーパー片手に立ち上がり、“先生うんこしてきてよかとですか”伝馬船に山羊を載せる。バランスとる役・乳を弁当代り・女郎代りの三役、重宝。帰るとへとへと。空高く鳶ぴいひょろぴいひょろろ。世間知らずのおきみ婆さんの話。バスに後ろ向きに乗る・整理券で席は7番・ボタン押しても鳴らぬゆえ運転手の耳もとでピンポーン。鶴の恩返しの話。“わしゃ鶴じゃのうてサギじゃもん”馬場崎着用のベストに田渕感心しきり。馬場崎“さすが芸術家、わかる人にはわかる。うん”したたか酩酊して、11時過ぎ辞去。

馬場崎送る。古津運転。高速人吉あたり工事15分待ち。前のトラックに運転手のネームプレート、松×俊一。ずうっと後をついてゆく。やがて俊ちゃん宮崎方面へ別れる。折々満月のぞく。

午前5時、鹿児島着。鹿児島湾に臨んで一睡。明るんで眼前3両の列車通過。桜島朝霧に煙る。

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