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 韓国の反日運動
 随分と静かになって来ましたので嬉しいですね。福島県出身の僕としては、ことあるごとに政治のおもちゃにされることは、怒りを覚えます。静かになるのは当然です。事実ではなく、日本を罰するために作られた、政治的虚構ですからね。
 
 反日運動は、李承晩の朝鮮人としてのアイデンティティーを取り戻そうということから始まり、大きいのは朝鮮戦争ですね。それが虚構のプロパガンダに変質するわけです。北朝鮮の親派は韓国にも日本にもたくさんいて、日本と韓国を切り離そうと、反日ギャンペーンを繰り広げるわけです。そこで、日本併合時代の虚構が様々作られることになるのです。
 
 しかし、まだ日本併合時代をしている人が現役の頃は、事実と違う所は是正され、一定のコントロールが働いていたのですが。民主化闘争の学生達が社会の主導権を握るようになると、当時を知る人が高齢になり、押さえる力が弱くなったので、過激化したのです。
 
 植民地近代化論というものがあります。社会が近代化する中で、植民地政策が大きく寄与する部分があるということです。収奪と搾取だけではありません。それを反日運動は全く無視したわけです。韓国が他のアジア諸国に比べ、早く近代化出来たのは、日本の統治時代の近代化政策があったからです。商業活動するためには、それに見合った法制度がなければ成立しません。道路、鉄道と言ったインフラもすべて日本が作ったものです。しかも、その経費を日本は請求しませんでした。日本はその意味でも韓国に対しては優しく対応してきたのです。
 
 日本は有史以来、朝鮮半島経由で大陸の文化を受け入れて来ました。一族の渡来人を先祖に持つことは、一族の誇りであったのです。江戸時代まではそうだったです。明治に入り、西欧近代化に遅れをとった朝鮮人が、経済難民となり大量にやってくるようになり、各地にスラム街が生まれた犯罪が多発します。そこで朝鮮人を蔑視するようになったのです。
 ドイツ人とユダヤ人との差別は二千年続いて来たのに比べたら、程度の軽い差別です。その違いを反日運動の人々は無視して来たのです。仕事の出来る人、話の分かる人にはそれ相応の付き合いして来たのが、併合時代の日本人です。
窓に映った空 写真 スー提供 
 観光でお互いの国行く人が増え、ビジネスで経済関係が深まれば、自ずとと作られたものは解消してゆくでしょう。大切なのは事実。真実であれば未来に生かせます。都合の良いプロパガンダからは何も生まれません。
 
 母系社会  日本は母系社会の伝統が強い社会 
 日本の古代は母系社会でした。平安時代後期から徐々にに父系社会移行してきましたが、古代の母系社会の伝統が色濃く残っています。母系社会は先祖を同じくする人々との社会です。婿取り婚で、祖母、母、娘の絆を家族の中心に据え、相互扶助を大切にした社会です。横の関係を大切に、平等意識が強いのです。生存する事が一番大切だったからでしょう。日本が「成功した社会主義」と言われるのは、そのためです。「失敗した社会主義は、ソ連、中国」でしょう。
 余談になりになりますが、日本左権が長続きしないのは、左派的体質の社会であること。GHQが左派のやるべき仕事、財閥解体と農地改革をやってしまったことだと、僕は考えています。
 
 ん類のそうめい期はどこでも母系社会から始まっています。人間の絆で市場強いのは親子関係です。母中心に家族が営まれ、村という社会を作るようになったのです。相互扶助を基本として横のつながりを重視した社会です。、
 それに対して父系社会は、戦争から生まれた社会です。人口が増え宗教や基本的生活の違った人々が近くに住むようになり、集団と集団葛藤が増えてきたことによります。戦争や政治的世界が必要になった社会です 横のつながりではなく縦のつながり、命令、権威の発生(王や戦士)です。権威により秩序が作られ、人々はその秩序まもることで、生活の安定、社会の安定を確保したのです。
 
 朝鮮半島からヨーロッパに至るまで、父兄秩序を優先させています。人口が増え、宗教や生活の違う他民族が争うこと多くなると、社会の主導権を男が握るようになったのです。男社会は横のつながりではなく、上下関係が優先した秩序です。
 日本は島国で、他民族がやってきても、二千人程度の渡来人止まりで、深刻な民族紛争は起きませんでした。中国は殷の時代に父系社会になったいます。日本では平安時代後期に、庶民も父系社会に移行するのですが、母系社会の伝統は色濃く温存されるのです。
 
 日本で平安後期何があったのか?王族、貴族、神社仏閣の開墾と大規模荘園の増設です。武士は荘園の管理者として多数生まれ、開墾も荘園も今までの村から離れことになるのです。この時、先祖伝来の土地を離れ、土地神様の高速から自由なり、いち早く「家」を中心とした家族制度に移行していた、武士の家族制度をまねることになるのです。院政時代、源平合戦の時代です。
 
え・ちえ
 どこに、母系社会の伝統を感じるのか。
 日本の社会は優しいです。生真面目である。掃除をよくやり町がきれい。妻の権威が保証されている。夫が死んだ時、妻は夫を完全に代行できる。適当な息子が生まれない時、娘が家業を引き継ぐことが出来る。
 などなどですね。北条政子妻としての権威がなければ、鎌倉幕府は承久の変で終わっています。父系社会に変わっても、母系社会のせいどを「家」を守るために活用しているのです。
 
 また、僕は飛鳥なら時代、中国文化の圧力が最も強い時期、貴族の女性が「ひらがな」を作ったことがとても大きいと思います。これで大和文化が一尾の心の中に刻まれたのです。中国文化に押し流されない、確固たる文化として維持継続できるようになったので。
 
 ヨーロッパで生まれたホテルは、お客様は貴族、ホテルの従業員は召使い。という上下関係を基本とします。それに対して日本旅館は、女将と、お客様は同列です。お客は遠くからやってきた友人という関係です。女将の心尽くしが、「おもてなし」となるのです。
 
 武士の時代、武士達は上下関係を大切しました。農村や町人達の組織は平等を原則としていたのです。それこそが古代の母系社会の伝統です。農民も当主は男ですが、当主が死んだり病いだったりたら主婦である嫁に同等権利が与えられたのです。武士も公家も同じです。何百年と続く老舗が多いのか。父系社会の欠点を母系社会の伝統で保管していたからです。長男が家の仕事に適しているとは限りません。若死もあります。そんな時娘が家の仕事を引き継ぐのです、優秀な婿を迎え、家業は再生するわけです。古代の婿取り婚の復活です。朝鮮半島、大陸の儒教社会では考えられない事です。長男相続が絶対視されてきたからです。家業が続けば、蓄積された技術は保存されます。それこそが日本の力となっているのです。
 
 家の前の道を掃除する。ボランティアが公園のゴミ拾いするなど、公共物に対する認識なども、室町時代に村の掟で決まった事です。村は村民全体で維持管理するという思想です。それが一番優先された事だからです。水害や地震の避難所の運営など、老人や子供が優先され、食糧は平等分配されるなど、長い歴史の中で無識化されたものです。
 
 プーチン
 この人指導者として失格です。人間に対する愛が足らない。権力構造という、人間を支配するシステムには有能なのかもしれませんが、それ以前に人間的な欠陥がある。
 人を信じていない。人間は常に裏切るものであるという認識です。幼い頃の体験により植え付けられたものです。ヒットラーも同じですね。だから人を操ることは、有能でも、人を信じない訳です。でもそれは誰でもあることで、普通の諜報員や政治家なら、さほど問題にならいのかも知れませんが、権力を支柱収めるにしたが強化されてきたと思われます。そしてそれは、この人物を指導者と仰いだ、ロシア国民が最も被害を背負うことになります。
 それを如実に表しているのが、彼の周りには何十人と、不審死が多い事です。彼に敵対する者を暗殺する、影の組織が、彼を独裁者として、強力に支えているのです。
 恐らく彼の末路は悲惨なものでしょう。ウクライナ人ではなく、それらに気付きいたロシア人に殺されか、逃げ場を失い自殺するかでしょう。そいうことになると思います。哀れな人間です。
 
 生活保護─活動費が出てこない。
 生活保護半年経ちました。厳しい世界です。保護されているのは、最低限。新聞出したり、おそば会開いたり、他にも、やりたいことはたくさんあるのですが、活動費がないので、自分を抑えるしかありません。精神的ストレスは溜まるばかりです。苦労はこれからも続きます。切手代、ホームページ維持費とか、数が多くなれば大変。
 生きるとは戦争、戦うしかありません。更に、ゆっくりですが次から次と問題が出て来ます。安穏と過ごせません。恐らく神様は、「お前はこれからも戦い続けなさい。」との思し召しのようです。
 
 

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