思い出すまま - No138 /  prev top next

 春をいっぱい食べましょう。
 
 春の河川敷は野菜畑、フキ、タンポポ、ノビル、スカンポ、ヨモギと柔らかい若葉が沢山採れます。
 四月から暇を見て、草餅の大福を作っています。始めて見るとなかなか難しい。もちろんアンコは小豆から、ヨモギは公園で採取、家庭用の餅搗き機があれば、もち米でやるのだが、白玉粉として売っているもち米の粉を使用。
 和菓子屋に売っている、冷めても柔らかい餅になかなかならない。調べたら、お砂糖を入れると少し柔らかくなることが分かった。
「冷めても柔らかい餅」は和菓子屋さんの技術らしい。一度冷まし寝かしてまた蒸し搗くとか、和菓子屋それぞれの秘伝があるらしい。
 何度か失敗を重ね、そこそこの草餅に仕上げられる様になった。後は良い機会に再度挑戦です。
 ここまで出来ると、桜餅、柏餅、団子各種、小麦粉に変えてお焼き、・・・とバリエーションが広がります。野で摘んだフキに挽き肉や鳥肉加えキンピラ風に仕上げ、お焼きや中華まんにしても良い。
 
 もったいない
 もう死にましたが、ケニヤの環境問題の活動家、ワンガリ・マータイさんが、2005年に日本に来て、「もったいない」という日本語は、環境問題を考える時、総てを含む概念である、世界に発信し世界語になった。僕も素晴らしい日本語であると思っています。
 この言葉は実に深い意味を持っています。恐らく縄文時代からこの日本の風土では培われてきた言葉だろうと思います。日本人の物に対する接し方の総てを表しているからです。
 物には「物体=勿体」(あるべき姿)があり、それを損なってはならない、物体に反した扱いすると、人間に害悪を及ぼす。ということです。単に無駄にしないということではないのです、物の本質に即した接し方をしなさい。と言っているのです。
 日本人は総ての物に霊魂が宿ると信じてきました。家も道具も、草も木も、山も風も、タヌキにも虫にも霊魂が宿る考えていました。「物」とはこれら総てを指すのです。物の付く言葉は、霊魂という意味があるのです。だから、「物の怪」は怪しい霊魂という意味になるのです。
 江戸時代に幽霊画家によって恐ろしい妖怪として視覚化された百鬼夜行は、元々人間に不当な扱いを受けた道具の霊が、妖怪化して、夜中に街中をねり歩くということです。
 江戸時代までは完全リサイクルの時代でしたが、明治以降急速な西欧化、工業化の末行き着いたのが、公害であり、今度の原発事故です。「もったいない」という思想を忘れた結果なのです。だから、古い日本美徳に戻る事は、世界を救うという事なのだと思います。
 
 日本人は総ての物に霊魂が宿ると信じてきました。家も道具も、草も木も、山も風も、タヌキも虫にも霊魂が宿る考えていた。「物」とはこれら総てを指すのです。物の付く言葉は、霊魂という意味があるのです。だから、「物の怪」は怪しい霊魂という意味になるのです。
 
 江戸時代に幽霊画家によって恐ろしい妖怪として視覚化された百鬼夜行は、元々人間に不当な扱いを受けた道具の霊が、妖怪化して、夜中に街中をねり歩くということです。
 
 江戸時代までは完全リサイクルの時代でしたが、明治以降急速な西欧化、工業化の行き着いたのが、公害であり、今度の原発事故です。「もったいない」という思想を忘れた結果なのです。だから、古い日本美徳に戻る事は、世界を救うという事なのだと思います。
 
杜若 
 草木国土悉皆成仏
 先日、NHKの深夜放送で「3.11後を生きる君たちへ ~東浩紀 梅原猛に会いに行く~」 どういうのを再放送していた。僕も同じような、現代社会の危うさ感じますので、興味深く見ました。以下は僕の意見です。
 「草木国土悉皆(しっかい)成仏(もしくは仏性)」という考えは比叡山、天台宗で生まれた思想です。日本独自の仏教観の一つです。日本の仏教は、縄文時代からあった自然信仰の神道と習合して、中国ともインドとも違う独自の仏教を作ってきました。この考えは親鸞の悪人正機説などの素地になったり、お能など深く日本文化の底に横たわる世界観です。キリスト教やイスラム教、更に仏教も、神や仏と人間の関係を第一に考え、他の動植物を下に置いてきた。更に近代科学文明は人間の地位を更に高めて来ました。
 しかし、今日環境問題が表面化して、今までの自然に対する考えの変更せざるを得なくなっています。そこで、三大宗教以前宗教が持っていた世界観が参考になるのだと思います。迷信とか悪魔とか排除されて来たこれらの宗教の中で、草木国土悉皆成仏は最も合理的に概念化されているのかも知れません。
 今人類が抱えている問題、他の動植物や自然とどう共存してゆくかという課題、の解決には、今までの否定されて来た宗教や哲学にヒントがありそうです。人間は「三十億年の生命の末裔」なんです。他の動植物や自然と切り離せるものではありません。リサイクル技術がどんなに発達しようと、省エネに努力しようと、ゴキブリの様に増え続けている人口の現状では、いずれ大きな危機が人類に降り注ぎます。
 今回の原発事故の様に、祟り神として人間に深刻な被害もたらさなければ、愚かな人間は自分を変えようとしません。ただ、人間は底なしに馬鹿じゃないという事です。危機に直面した時は、変わる勇気を持ってます。そこに期待する他ないです。
 
 電力の自由化
 七月に電力会社の電気買取が強化されます。買取価格が大幅に引き上げられた事は非常に大きい。今までの風力発電や太陽光発電や地熱発電が増えなかったのは、買取価格が安過ぎ、採算が合わなかったからです。
 また、通産省の諮問会議が電力の自由化の方針を大臣に答申する方向で意見がまとまりつつあります。電力を家庭や工場が選択できる様になれば、電気料金コストダウンと再生可能性電力の選択ができる様になります。
 環境整備を整わなければ、減原発、脱原発はできません。関西電力がサボタージュせず、節電をしっかりすれば、大飯原発なしで夏は乗り切れます。しかし、その分二酸化炭素の増加、発電コストの増加はまぬがれません。大飯原発の再稼働延期をしても、それは一時的なもの過ぎません。
 しかし、この問題は時間が必要です。現代社会を支えるエネルギーのシステムを替えるということです。五年十年という時間が必要です。今、大飯原発の再稼働問題だけを賛成反対にとらわれてはなりません。
 
大飯原発再稼働
 だからと言ってガッカリする必要もないし、原発問題は始まったばかりです。日本の一番の問題は、ここ二十年間、原発以外のエネルギー源の研究を停止してしまった事です。ヨーロッパで進んだ、これらのエネルギー導入に関しても、全く進まなかったのです。
 1990代初めまでは、地熱発電も太陽光発電も波の発電も、世界をリードしていたのです。バブル景気崩壊とともに研究費は削減され、ほぼ停止状態になってしまったのです。チェルノブイリ事故以降、原発反対運動の盛り上がりと共に、技術界開発ばかりではなく、制度改革に取り組んだ、中、北欧と大きな差がついてしまったのです。
 電気は現代文明を支える大きな要素です。僕は電気無しには、生きてゆけません。だから時間がかかります。大飯原発再稼働は関西電力と原発推進派の官僚や産業界の戦略勝です。
 関西電力が節電を真剣やれば、原発無しで夏を乗り切れるはずですが、関西電力は意識的に節電計画をサボタージュし、電力不足の数字を並べたて、危機感を煽り、反対派の政治家や世論を懐柔したのです。彼等がやるいつものやり方です。
 エネルギー行政には、沢山の専門家会議が存在します。そこで官僚達が暗躍します。会議の判断材料になる資料を準備する事務局は官僚達だからです。電力不足という資料の分量を、電力不足ならず乗り切れると言う資料の分量を多くするだけで 電力不足危機感を煽ることが出来ます。膨大な資料の信ぴょう性まで検討する事は、専門家や政治家にはできません。そういう手口で官僚達は、結論を少しづつ誘導するのです。
 事故をきっかけに、一度中断した再生エネルギー開発、制度改革が動き初めました。僕らのすべき事は、これらの動きを支持しつつける事です。新しいシステムに大きな課題が山積みでが、これらが日本に定着し、大きな力にならなければ、減原発も、脱原発もあり得ません。
 
台風一過東京に現れたUFO

大飯原発再稼働
 だからと言ってガッカリする必要もないし、原発問題は始まったばかりです。日本の一番の問題は、ここ二十年間、原発以外のエネルギー源の研究を停止してしまった事です。ヨーロッパで進んだ、これらのエネルギー導入に関しても、全く進まなかったのです。
 1990代初めまでは、地熱発電も太陽光発電も波の発電も、世界をリードしていたのです。バブル景気崩壊とともに研究費は削減され、ほぼ停止状態になってしまったのです。チェルノブイリ事故以降、原発反対運動の盛り上がりと共に、技術界開発ばかりではなく、制度改革に取り組んだ、中、北欧と大きな差がついてしまったのです。
 電気は現代文明を支える大きな要素です。僕は電気無しには、生きてゆけません。だから時間がかかります。大飯原発再稼働は関西電力と原発推進派の官僚や産業界の戦略勝です。
 関西電力が節電を真剣やれば、原発無しで夏を乗り切れるはずですが、関西電力は意識的に節電計画をサボタージュし、電力不足の数字を並べたて、危機感を煽り、反対派の政治家や世論を懐柔したのです。彼等がやるいつものやり方です。
 エネルギー行政には、沢山の専門家会議が存在します。そこで官僚達が暗躍します。会議の判断材料になる資料を準備する事務局は官僚達だからです。電力不足という資料の分量を、電力不足ならず乗り切れると言う資料の分量を多くするだけで 電力不足危機感を煽ることが出来ます。膨大な資料の信ぴょう性まで検討する事は、専門家や政治家にはできません。そういう手口で官僚達は、結論を少しづつ誘導するのです。
 事故をきっかけに、一度中断した再生エネルギー開発、制度改革が動き初めました。僕らのすべき事は、これらの動きを支持しつつける事です。新しいシステムに大きな課題が山積みでが、これらが日本に定着し、大きな力にならなければ、減原発も、脱原発もあり得ません。
 
ヤッサンの絵、女性作家と共作
 失われた20年
 バブル景気以降の日本をそう呼ぶことがあります。経済が縮小し、人々は内向きになりました。原発事故も、他のエネルギー開発をやめてしまい、原子力一本やりなった結果とも言える。守りに入った時、人は安易に安全という信仰持ってしまったです。
 ただ僕は、この世に存在する全てのものには、存在理由があると考えている。事故を教訓に日本が大きく変わるなら、「失われた20年もその布石の時間」とも言えなくはないのですが、しかし、果たしてそれだけなのだろうか?まだ僕らが気付いてない大きなものがあるかもしれません。
 デフレ経済は、日本人の心を冷え込こませましたが、この20年は世界で日本文化がもてはやされた時代でもあるのです。旧来の伝統文化ではなく、大衆文化、アニメ、日本食、萌え文化、などが世界中に知れ渡った時期でもあるのです。ヨーロッパ文化の閉塞感がその背景にあるのだと思いますが。
 そして、日本国内では閉塞的であり、外では開放的な盛り上がりと言った、この落差は不思議であり、興味深いものです。
 明治維新から半世紀、大正の好景気後、世界恐慌から戦争へと進んだ時期と、第二次大戦の敗戦から経済成長へと進みバブル景気、そしてデフレの時代と、半世紀ぐらいの尺度で時代は重なります。 この二十年、改革改革と叫ばれましたが、経済面での改革以外はあまり進んでいません。変化するためには、時間が必要なんだと僕は思います。長い歴史の中では、この二十年に最も深いものが隠れているかも知れません。

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