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遮断機

● 心臓をめぐって、心臓が浚渫されるような感覚。心臓のまわりは土。

● 社会全体といつでもアクセスできる端末を身に帯びて生活することに、「向こう」に対して乃至は全体に対してつねに待ち受け状態に身を置いて生活することに、私たちが既に同意を与えてしまったということに充分注意しよう。それは恐らく容易なことでは変更の利かぬ決定事項なのだ。

● 事故に遇うことと事故に遇わぬことは、どちらも事故である。

● 静けさが静けさを掻き立て、私を静けさへ駆り立てるとき、私は静かに静けさを耐え、静けさを却けるようにして静けさへ分け入ってゆくのでなくてはならない。

● 全体の意味は避けようがない。避けることができればそれに越したことはない、というようなものではないのだ。

● 行き倒れに、渡ると渡らぬがひとしくなる。

● 抹殺するためではなく、決して勝手に死なせないための、強制収容。

● 無関係なものが無関係なまま流す血に、無関係なままふれてしまっている。そこにふいに何もかもが蘇る。

● 媒体において、つけこむ隙とつけこまれる隙が一致する。

● 辻褄と辻褄を較べてもしようがない。

● 設えること、調えること、ばかりでなく、そこに住まうこと。住み習わすにつれ、住居に挙措を設えられ、調えられてくる。住居にからだが躾けられる。

● 満ち欠けを以て越える。

● 目をつぶると誰かが通りすぎる。

● 紛れることも祝福なら、紛れないこともまた祝福である。息を吸い、息を吐く。それだけであとかたもない。あてもなく四方へ耳をやるだけで、何という音楽が。音楽とは、畢竟、待つことにほかならない。見える目も見えない目もひとしくあらぬ宙をさまよわせ、たちのぼる煙のように献げられるではないか。

● 熱のなかに、さらなる熱の微調が、あるいは異なる熱の差し引きが、ある。

● 傍若ではない、さながら当人が無人である。

● 色は思い通りではない。思いを色が通るのだ。

● 私の星は私の行くてをはるかに照らすものではない。私のなかに灼きつき、私を灼き切り、むしろ私の方がそこへ紛れ込んでしまう。私を背後へひらく見晴し。

● 歩んで道が、いきなり景色も眺めも飛ばしてただただ道であり、歩むにつれて道は古りてゆく。古りてゆくというのは歳月が積み重なるのではなく、積み重なった歳月が御破算となってそもそものはじめからのあらゆる反復が反復ではなく、今この身においてそもそものはじめが体されるという感覚に襲われることだ。ならば古りているのは道ではなく私のほうだろう。私が道を歩み古りた以上に道が私をはるかに歩み古りた。歩むにつれて私は私でなくなってゆく。私は私以前へと辿ってゆく道すじと化してゆき、そもそも誰であったかを問うてゆく。たずねてゆく。道の、何たる激しさ。一足ごとに、なお道であることの、気も狂(ふ)れんばかりの恙なさ。恙なさの、果しなさ、はるかさ。

● 花は革命。花は譲るゆえに。

● 相好。崩れに染(そ)んで相次ぐ。感染が感染を喚ぶ。

● 事故。省かれた労力の決済。

● 血はつながってなどいない。つながりとは習わしのことだろう。同じ玄関を出入りするとか、同じ物を分け合って食べるとか。人生がさまざまな選択から成るとして、その選択を可能にする前提の基盤を与えてくれるものとしての習わし。選ぶことのできる対象ではなく、選ぶ自分を前もって決定づけている、それじたい選ぶことの不可能な関係。選ぶとき、そのじつ、それがもはや選ぶことなどできないかけがえのない関係へ自分を拉してくれることを望んでいるのではないか。だが老い果てて行き着く痴呆が明かすのは、そうしたつながりが取りとめない恣意にすぎないということだ。あるいはつながりや関係の、その向こうがある、ということか。恋愛は、その肉体関係は、どこまで行っても血族には転じない。子を生(な)すことで成就するとしてもそれは子との間柄に於てである。セックスに因らぬ肉体関係があることを家族は示しているが、それも習わしによる点でセックスと異なりはしない。家族の結びつきは、いわばべつの恋愛であり、べつの肉体関係であり、生活としてより制度化された恋愛なのだ。恋愛がその情熱の燃焼と消費に費される以外に向かうところがあるとすればそこしかない。情熱に於て消費すること。すなわち情熱を消費すること。一方、制度に於て消費すること。すなわち制度を消費すること。

● 見てしまったなら、本当に信じることはできない。見ることが妨げるとは限らないが、見ることは信じることではない。見ることに、見えているということに馴れてしまっている限り、信じることはできない。信じることができないから、見えるのかも知れない。これは世界だろうか。それとも、世界だろうか。

● 表裏のまま、一枚にして立つ。まぐれ落ち、まぐれ立ち。

● 紙一重を身に纏い、紙一重に住み、紙一重を栖とする。

● 死者とは子孫、日々死者を育てる営み。私たちは死者を育てる。私たちは死者となって子孫を目して言葉を遺す。

● 皮膚の内がわが外がわへ滲み、外がわが内がわへ滲む。雨。次の雨。内外を仕切るよりも内外の滲みとして皮膚はそのほとりへ住む。皮膚のほとりへ雨降り、皮膚のほとりが雨降り、雨のほとりで皮膚降り。土砂は嵩まず、佇む。

● うつした青空に揺れてしまうから、うつした青空を揺らすのだ。青空をうつして、青空がうつしている。

● 線だと思っているがそうではないかも知れない。ふれようとする。ふれようとすることと関係なくふれる。線までなのか線からなのか。色がきわまれば自づから線へ至り色は動く。その線ではないのか。それは線ではないのか。視界は埋めつくされ、私がもはや私を携えてはいられない奥底へ滲んでしまう。世の一切が一切とふれあおうとして、世界は散在したままの殺到であり、この一点からは、ただこの一点へ一切が襲いかかってくるように感じてしまう。

● 層を層として見る視点は欠如している。

● 礼拝の対象がすでに礼拝のかたちをしている。静かに注がれて深く繁吹(しぶ)く。

● 黙っていることがそのまま唄であるような。

● からだは声だ。皮膚は呼吸だ。

● 線ではなく、広がりに射られるのだろう。

● 徒らに縁(ふち)を際立てず、むやみに淵へ迫らない。必要にして充分な高さはそっと自分の身の丈へしまっておく。身の丈にふと目が昏む一瞬を期す。身の丈ぶんの我と我が奥底から闇が応えよ。物の輝きへ、光へ至ろうとしながらまだ置き去りを食ってしまう世界へ、闇が、輝くばかりに発動していることへ振れ。

● はなれてそよぐ。耐えて奏でる。奏でることで耐える。奏でることに耐える。

● 縦に裂ければ滞りなくすぐれる。

● 水はそこに、水面はここの手前にある。背後ではない。ここからは見えないが、揺れているのが判る。

● おまえのための土なのか。それともおまえが土なのか。

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