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○散逸を恐れている。散逸が恐れを(可能性を)はるかに踰えうるからだ。いかなる散逸も恐れが先がけることで恐れは散逸をあらかじめ締め出そうとするが、逢着するのはせいぜい恐れの散逸にすぎない。恐れは境いめに、内と外とに執する。散逸は内も外も消す。あるいは内からも外からも消えてしまう。内も外も消えた境いめ、もはや境いめを意味せず、いかなる位置にも着きようのない境いめ。それが散逸のすがたである。消失と消失のはざま、あるいは消失のほとりにあって、消失そのものと取り違えられかねない相貌に身をおき、消失を黙して指しつづける。消失にはさまれながら消失を忘れ、消失に忘れられ果てる。消失は絶えまなく流動する以上、安んじて消失と見定めることもできない。消えたのか?確かに消え去ったのか?谺のようなものが、かつての隔たり(どちらの側か)を単なる距離にすり替えて、何が蘇生し何が循環しても構わない世界を押しつける。与えることと奪うことがひとしい消息を。

○「私は孤独だ」とは言えない。孤独であるのは私の特権ではないし、そもそも私ではないのだから。

○薄明は、微光はここに始まる。立ち尽すこの身に始まる。なぜなら夜はここにしかなかったからだ。そして夜は明けない。明けるのは彼方だ。私が夜として去ることが夜明けを齎す。夜はいつ私を始めたのか。夜は過(あやま)たず私に先がける。にも関わらず、夜が始まっているのか分明ではない。始まってもいない夜に始められた私は、どのように去ればよい。どのように明かせばよい。明け渡す時を知らぬ。

○私に水を与えるのは私だ。私のなかに水を感じる。感じ尽せぬ水を感じるとき、水が私を感じている。見出せぬ水、ふれえぬ水に、見出され、ふれられている。水であることを疑わせる水の相をうつしている。水とは知らず、水知らず。

○食べる物はあるのだが食べる場所がない。

○傷つくことを惧れるのは、もう傷ついているからだ。傷は来るべき過去である。じぶん自身がめぐってくることへの惧れ。傷が傷のまま傷を静かに忘れることで、再び痛みを見出すことを可能にしてしまう。傷ついてから痛むまでの時差と、痛みが去ってから傷が癒えるまでの時差が、夜空の花火における光と音の時差のように次々と折り重なり、食い違いを甚だしく畳みかける。ずれを助長し、無数の不一致を重ねること、それが傷の現在にほかならない。記憶のように忘却が、忘却のように記憶が、谺のように自分自身が、なんべんも立てつづけにめぐってきては、もうどの自分がどの自分だか判別できぬまま、ただ現在が盛りあがり、腫れあがる。頁の隅に作ったぱらぱら漫画にとって、めくる手が痛みを担うのではないか。押えた指の不動をめぐって画は活動する。痛みの去就と傷の明滅がある一点をめぐって交錯する。一点は部厚い反(そ)りの上に置かれており、絶えず動揺している。動揺を抑えるものが動揺を担う。傷は痛みに堪えず、痛みを逃れようとする。だがそもそも傷と痛みはずれているので、痛みを逃れようとして傷は次の痛みへと近づいてゆく。傷は痛みをめぐってべつの傷を喚びこみ、べつの傷へ折り重なり、傷であることを嵩ませてゆく。惧れはますます(ずれによって)当を得、ますます新たになり、傷に傷を告げつづける。唄えぬメロディ。唄えぬことがめぐるメロディ。

○われわれは大地を水平にめぐっているのではなく、ほとんど垂直にめぐっているのだ。

○そよぐものをそよぐままにしておくことは耐え難い。それが放心の理由だ。

○穏かで親密な逃亡。濃密さへの欲求。繰返し濃密を求め、濃密を擁して濃密を出で、濃密の彼方、希薄をめざす。濃密が嵩じての希薄。もはや濃密さにとどまれないほどの濃密がさまよい出しての希薄。エクトプラズムの如き。極度としての希薄。極端からは希薄たらざるをえない。

○傷は配当である。傷はすかさず配当の配当を、傷への配当を受け取る。受け取るとき、傷は既に通過である。私は傷の背後となる。背後へ傷は通過し、背後が傷を通過する。

○日のように漏れ入るもののために、疎である。

○書くことはsoloか。ならばsoloは表現ではない。表現によらぬ対話。寄る辺ない対話。寄る辺なさの対話。寄せるほど、返らない。無数の返しに埋め尽されてついにここへの返しがないのが、単に返らぬよりなお寄る辺なくここを際立てる。ここから寄せて、ついにここを明け渡せない。わずかな距離が噎せんばかりに距離を告げる。押し寄せることも押し寄せられることも叶わぬまま、互いのものではない余波に埋め尽され、余波となって響く。いずれ対(むか)いあったまま余波に連なるほかない。立つのは連られてのことだ。連なって波立つ。伝わるとすれば持ち直しようもない不意うちの動揺としてである。この動揺の寄る辺なさこそ寄る辺にほかならないのか。見渡す限り岸が見えないこと、それが岸なのか。数限りない余波に隔てられ、寄せることもできずに対っているもの、それは流れである。越えることができぬままさまざまに打ち交し、響きあい、反(そむ)きあう渦をまき、あらゆる乱れを擁して流れる流れである。私は岸ではないが、おそらく岸に似た流れなのだ。soloを掩って、soloならざるあらゆる行為の目に見えぬ連なりこそ、soloとは称(よ)べぬ、正真のsoloではないか。soloは既に余波だが、そこが流れなのだ。流れは露わなのではない。露わなものに宿っているだけ、隠れているだけである。

○曲り角を歳月が曲るとき、曲り角は私である。曲り角を、必ず後ろ姿で、劇しく私がまわりこむ。曲り角は見えない。歳月はめくるめく歪曲にほかならず、歳月は曲り角にしかない。

○ほそくあけた戸から誰もいない部屋が見える。その部屋のほそくあけた窓から降りしずむ雪が見える。部屋は暗く、暖かい。雪は一片一片が残像を伴うほど鮮かで、蛍のように発光しているかと怪しまれさえする。

○つぶって眠らず。ただ山を破棄する。

○じぶんを傷つけることができると思っているのは、じぶんが一個の傷そのものだという自覚を持たないからである。私は一個の傷である。しかも私の傷ではない。

○死を寝違える。日常はすり替えられた死である。死よりもこのすり替えによってひとは緩慢に掻き乱される。死をすり替えて麻痺の場所で生きる。

○脱いで満ちる。

○強制は習慣となる。習慣は意志となる。意志は概ね意志の対極に由来する。足で立つことはそもそも逆立ちなのだ。

○過しているよりも過されているという感覚。それもからだの内側から。

○結局、求めたものを手に入れるのではない。受け容れられるものを受け容れるだけである。そして受け容れただけでは終らない。

○何の役にも立たぬもの、そこで流れを止めているように見えるもの、無駄に立ち尽してはばからないもの、それはめぐること、伝わるということにたぶん不可欠な休止を意味する。メロディを賦活するものとしての休止。メロディを聴き取るには時間が必要なのだ。むしろ時間が私を聴き取る。メロディが私を聴き取る時間。辿るだけではない、展(ひろ)がり、深まり、そして返す時間。私を私へ返すまでの途方もない時間。

○憑かれていなければ持ち堪えられない。いや、持ち堪えてしまっていることから逃れられない自分を受け止められない。始まっている自分に食い込めない。だから憑かれたい。拉致されたい。ここへ、この自分へ、ありありと運び出されたい。

○求めるあまり立ち尽し、立ち尽したまま枯れてゆく。枯れることは求めることだ。決して方途を見出さぬ、求める姿勢のなれのはて。

○緑が、そこで、永遠に襲われたように激しく、繁吹(しぶ)きをあげている。

○その傷から血が流れているので、この傷は血を流さなくてよい、などということがあるか。

○メランコリーの倨傲。

○死者はおまえの背後にいる。おまえに近づくために、おれは先ずおまえの背後を乗り踰えなくてはならない。

○長い歳月をかけて負った傷はひらいていない。閉じている。かたく閉じていることが傷の深さを意味するのだ。傷の長さ。

○踊っているのが判らんのか。取り憑かれているのが判らんか。うつけたともなく仔細らしい容子をして、最も実際的な事どもにこころを砕きながらもそのじつ呆(ほう)けている。身すぎ世すぎの日常の慣らいに身をやつして揺るがぬそのすがたが、そのまま我にもあらぬ踊りにほかならない。

○内容はない。ただ世を帯びる。

○終りそのものではなく、終りを告げるものがある。終りを準備させるもの。終りに先がけて終えることを奏するもの。

○次第に暮れてゆく庭に降る雨が立てる音の明るさ。暮れきって、音は輝くばかりとなる。

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