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ブルー・クリスマス・ブルース

「メコン」

澤村 浩行

                         

  オー メコン!

ジャングルをまとったあなたに逢いたくて、

アスファルトの道、石ころだらけの道、

泥まみれの道、スモッグやほこりの舞う道を、

旅してきました。   

 

でも、今のあなたは、何もかも奪われた、

傷だらけの裸の姿を、さらけ出しています。

ドルとエンとバーツの刻印された、

チェーンソーの軍隊の刃やいばが、

刈るものがなくなるまで刈り尽くした戦跡。

 

 オー メコン! 

裸の目を開き、裸の肌をさらし、

あなたを感じようと、くり返し潜るのに、

氷と雪の国から来たままの、あなたは、

冷えたすぎるあしらいをして、

ただちに、わたしをつまみ出すのです。  

広がりっ放しで乾からびた空を制圧する太陽、

こげてゆく、照り焼きバーガーのわたし。

 

 オー メコン!  

あなたの、冷たすぎるあしらいは、  

水の国境越えした夜のラオスの、

ゲストハウスに飾られた、これ見よがしの、

大きな写真のせいでしょうか?  

一列となって高々とカメラに笑う、

三O人ほどのアメリカ海兵隊員の太い腕に、

長々と載せられていた、あなたの娘の死体。

あなたの肉体の中でも戦われたベトナム戦争、

門前を見張る一体の石像となりはてた娘の今。

 

あるいは、その冷たさは、

あなたの妹、メナム・チャオプラヤ川が、

素裸にされた末に反乱を起こし、

行く手に巣くう、あまたの生き物を飲みこみ、

泥に埋め尽くした一九八九年以来、

刈るものをなくしたチェーンソーの刃やいばが、

反乱を起こしたことのなかつたあなたに転じ、

振りかざされ続けたからでしょうか。

 

あるいは、漁士たちが、

使う当てのなくなるまで使った

鉄の網と電気ショックのせいでしょうか? 

                

 オー メコン! 

裏山のチビた細道が行き止まるたそがれです。

土の小屋では土くれみたいなモン族の老人と、

アルコールランプをはさんで、横たわります。

限りなく甘く、限りなく苦い、不透明な呼吸。

 

固い実の皮にこびりついた、アカのうめき。

(ここまで来ても救われない、私。

生きることも死ぬことも感じない、わたし)

土の壁に揺らぐ、ピンク色した花の影。  

(朝のメコンに問え。夜の山に呼吸せよ) 

 

 オー メコン!  

たぶん、モンスーンの激流からも川舟を守る、

暗い岩山に廻まれた、ちつぽけな港に下りて、

二週間ほど経った今朝の短波放送ラジオから、

クリスマスキャロルが流れてきました。

その曲の余韻のままに、岸壁を下りていくと、

まだ暗い朝霧を漂わせる、あなたの肌に、

彩やかな花の色が、にじんでいます。

 

大柄な花模様のタオルをしたたらせて、

モン族のワイルドウーマンが沐浴しています。

あなたの、四千キロメートルに渡る肉体と、

底の知れない心に、潜っては浮かびあがって、

花の色した大きなうずに、

     わたしを巻きこもうとしています。

 

 オー メコン!  

あなたの娘が、自由に泳いでいた時代、

あなたが、ジャングルに覆れていた時代、

モン族のワイルドウーマンの時代の流れに、

沐浴しています。 

そそり立つ黒い岩、丸坊主の山の連なりにも、

めげずに走り、くねり、時には逆まきもする、

あなたの、時代の流れに、沐浴しています。

チベットの雪と氷のままに流れる

      冷やかな、西暦二千年十二月に。

 オー メコン! 

広がりっ放しで乾からびた空を制圧する太陽。

漂白された小麦粉みたいな砂に寝転んで、

あなたの、険しい岩壁を見上げています。

幾重にも走る、水平線状の刻みの落とす影。

水の流れに沿って、えんえんと続く階段こそ、

あなたが半年の間、一方的に愛を注ぎ続ける、

あなたの恋人、大海原が、

残りの半年間をお返しに、

しつこいほど、くり返し風に乗せ降り注ぐ、

モンスーンの愛の軌跡にちがいありません。 

 

 オー メコン! 

裸の山に、裸の心が叫んでいます。

私は、ドルとエンの刻まれた、

けたたましい刃やいばを製作した

時代に流されてきました。

血の泡わきたたせて、稼動する日の丸の、

エンジンうなる、まっ白な長方形の工場から

(絹のように滑らかに飛ぶことを夢見て、)

脱出した工員のひとりは、今ふたたび、

ランの花咲き乱れる娯楽商品を製作する、

工場が輸入する年間九五〇万人のひとり、

望遠レンズと(地球を歩こう)が、

こぼれるほど積みこまれた、スピードボート、

スローボートの乗客のひとりとなって、

        当てどなく流されています。

 

 オー メコン! 

裏山のチビた細道が行き止まった、

クリスマスイブのたそがれです。

土の小屋では土くれみたいなモン族の老人と、

アルコールランプをはさんで、横たわります。

限りなく甘く、限りなく苦い、不透明な呼吸。

 

固い実の皮にこびりついた、アカのうめき。

(いったい、この世には、この人生には、

何があるというのだろう?)

土の壁にゆらぐ、ピンク色した花の影。

(この世には、この人生には、

生と死のサイクルの他には、何もない)

 

 オー メコン!  

行く先開いたときだけは、ゆったりと歩き、

感じ易い下っ腹を突き上げられれば、踊り、

飛び、うずを巻き続ける、あなたの時代。

 

頑固に、花の色をにじませて闘い続ける、

モン族のワイルドウーマンの、沐浴する時代。

四千キロメートルに渡る肉体にくり返される、

生と死のサイクル、

在るべきして在る、数限りない命、

在るべきして、いつか在るべきことを止める、

限りのある命の時代が、

底の知れないあなたの心に、流れています。

 

わたしは、あなたに、流れています。

あなたの、生と死のサイクルに、

          流れ続けていきます。

(完)

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