思い出すまま - No112 / prev top next

「ペーターとウーベ」 by Ernst Kahl
 石油
 車を運転していると、燃料の高騰はこたえます。それに繋がり他の物価も値上がりしています。なかなか大変な時代になってきました。僕はこれが世界的な脱石油の動きに拍車がかかってくれないかと、経済関係のニュースや環境関係のニュースを見たり聞いたりしています。
 100ドル前後のこの原油の水準、これ裏があるのです。ドルに対しては高騰しているのですが、ユーロに対してはそれほど上がっていないのです。日本の円はドルと連動しています。それの意味することは大きいのです。90年代から続いていたアメリカ経済の世界史支配の陰りが見えてきたと言うことなのです。ヨーロッパのユーロ経済は安定しています。新興の中国、インド、ロシア経済の台頭しています。世界的経済の構造変化が起こっていいるのです。日本の株が低下したのは、経済が悪いのではなく、アメリカ頼みの経済であることや、構造改革が進んでいないことや、個人消費がのびないといった、主に政治的要因です。
 お金は力です、世界政治のパワーバランスにも変化が起こりつつあるのです。アメリカの単独支配の歪な政治が是正されることはいいことです。
 
 暫定税率廃止で議論が起こっています。僕はガソリン税が高いそのものには賛成ですが、現在の道路特定財源としての税制については反対です。戦後道路の貧困のためにつくられた税制です。開発途上国の税制なのです。なにもかも「より早く大量に輸送する」ことがベストという観念からの切り替えが全く出来ていないのです。地方の道路が一番必要としているのは生活道路です。高速道路じゃない。従来の道路を整備すれば、高速化に対応できんじゃないでしょうか。第一、基本的インフラの道路から金を取っちゃいけない。
 それと、それ以上に大きいのは、不透明な資金が何十年も放置されていると言う現実です。さまざまな利権を産み、隠蔽され非効率な運営をされていると言うことです。恐らく三割、もしかしたら五割ぐらいは無駄に使われているかも知れません。
 道路がよりなれば、地方が豊かになるという幻想で間違いです。地方都市は少し潤うかもしれないが、農村の生活は都市にすべて依存せざるを得なくなり、地方はかえって錆びれるのです。「近くの商店や診療所で日常的なことはすべてまかなえる」ことのほうが豊かな生活が送れます。田舎の人間も誤解しているのです。
 環境や福祉に使える財源としてのガソリン税にすべきですね。日本の社会は「環境と福祉をもっとも重要課題とすべし」と言っているのに制度は古いままなのです。環境問題については、日本は制度面では十年二十年と遅れています。今まで企業努力に任せきりで、総合的なCO2削減がなされていないのです。農村や里山の復興なくしては環境対策とは言えません。太陽電池の技術は世界に冠たるものがあるのにその普及は微々たるもの。トラックではなく鉄道輸送を考えるべき。等々総合的プランがないのです。そういう制度的、産業的、社会的構造変化が求められているのです。だからこの税を一般財源にできなければ廃止すべきですね。
 
 システム
 小泉さんが変革を求めて総理大臣をやったけど、彼が人気があったのは、彼のパォーマンスだけに国民は拍手を送ったわけじゃないのです。庶民には難しいことは分からないが、直感的に構造的改革が、日本の社会が今必要としているとわかるからです。
 日本の社会は過去六十年、敗戦から経済的豊かさを求めてヒタ走り続けてきた。バブル経済でその頂点に達して、やっと変化を求めたのです。「本当の豊かさとは経済だけではない。しかし、それ以上は分からない、なかなか、働き蜂としては。」です。それがここ二十年です。小泉さんはそれに手をつけただけです。でも、実際の改革はこれからなのです。
 働き蜂の意識改革はかなり進んでいます。あとは具体的政策を作れるかどうかと言う段階に入ってきたのです。社会システムですから、かっての経済成長の時期のように、「働けば豊かな生活が待っている」といった快楽原理に基づくシステムでなくてはならないのです。理念だけじゃ人は動けません。
 「金儲けをすればするほど、環境や福祉に役立つ」といったシステムです。環境負荷の低い製品の税金は低く押さえ、環境負荷の高い製品には多くの税金をかけ、森林の整備や里山の復興や、福祉政策に回るといった税体系に変わる必要があるのです。
 今でも残る江戸時代の「村歌舞伎」「村能舞台」。経済的に安定した江戸の庶民は、村祭りや村の行事に一カ月二カ月全盛力を掲げて取り組んで、楽しんだのです。当時の身分制や技術の制限はありますが、農業が基本の社会として、
安定したバラスが取れた社会だったと思います。庶民の文化がそれを物語っています。これからの日本は、21世紀の技術や環境的、人口的制限の中での「成熟した社会、バランスの取れた社会」を目指すべきなのです。「より早く、大量に」ではなく、「より少ないコストで、安全に、きめ細かく」といった、輸送に関する価値観や美意識の変化が起こることと思います。
 
多摩川の川崎側縁・稲田堤でみつけた、風車人形。
所かまわずくくりつけてあった。おかしいね。
 
 温暖化について
 過去一万年、人類は温暖な時期に文明を育んできました。温暖化そのものは悪いことではなく良いことです。ただ、これほどの急速な温暖化は例が無いのです。植生の変化、海水面の上昇に人間の社会が対応できるかということが最大の問題なのです。
 過去、高々一度の平均気温の変化(低温期)にローマ帝国は崩壊したし、中国は後漢から随に至る大混乱期に入ったことは歴史の示す事実です。内戦や凶作で中国の人口が10分の1に減少したと推測する歴史学者もいます。
 もうこのこのレベルのの気温変化は起こっています。更に2度3度上昇したら、植生の変化に農業が追いつかず、深刻な食量難に陥ることと思います。更に温暖だった縄文時代のように海面が上昇し世界の大都市が水没することとなります。急速な変化は、餓死や貧困層の増大と下層社会、低開発国を直撃することとなります。それは政治的不安定を招き、テロや内戦の増加となります。簡単に核兵器が作れるようになってしまった今日、核戦争へと進む可能性は大きいと思います。
 もう遅いのです。人類が化石燃料の使用を今すべて停止したとしても、今まで大気に蓄積されたCO2で気温は上昇し続けます。最近顕著になった、極端な気温の変化が続くこととなります。「エコエコ」とムードやファッションで言っている段階ではないのです、事態はもっと深刻なのです。
 個人のレベルではCO2を出さない生活スタイルは可能でしょう。しかし、後発の中国やインドの、更にそれに続く国々の工業化、経済成長を温暖化を理由に止めろと言う権利は誰にもありません。彼らが豊かさを求めるのは当然の権利なのです。60億の人間がすべて変わることなど全く不可能なのです。だから確実に破局へと世界は向かうのだと思います。
 
 でも、僕は思うんだけど、更に長い地球歴史、生命の歴史、人類の歴史に照らしたら、これは大事件ではなく小もしくは中の事件かも知れません。そう驚かなくていいのかも知れません。最大人類の60億の人口の半分ぐらいは死ぬことを覚悟すれば、乗り切れることかも知れません。最悪でも、10分の1以上の人口が残れば、文明を再生することができます。過去の歴史がそれを示しているからです。
 今後50年、大混乱が起ことを、今生きている人は覚悟すべきでしょう。貴方も私も、僕らの子供達は生き残れないかも知れません。しかし、今のこの問題回避への努力が無駄になるとは思いません。混乱期が終わり人類が再生へ移るとき、この温暖化を回避しようとする問題への努力は、大きな力になるのだと思います。
 僕はこのぐらいの尺度で、温暖化の問題を捕えるべきだと思います。人間の歴史は、愚かさと知恵の繰り返しです。極限まで愚行をしなければ、気づかない。多くの人が死に傷つかなければ、ことの重大さが分からない。温暖化は100年単位で考える21世紀大問題です。
 個人のレベルで考えたら、キリキリ騒ぎ立てても始まりません。これは成るようにしか成らない、出るだけのことはするが、それ以上は神様の領域です。
 
 
 武士道
 この言葉は今でも素直に好きになれない。「闘う、戦士」という言葉の本来的な意味についてはは、僕自身使わざるを得ないし、好きな言葉です。でも、武士、もしくは武士道なるものの歴史的、倫理的なのが嫌いなのです。
 「忠臣蔵」なんて大嫌いな話です。アホな主君に使えた可哀想な部下達の話です。江戸時代以前なら下臣のほうが見切りを付け縁を切っています。固定化され、押しつけられた「忠」や「義」、そういったものが堪らなく嫌いだからです。
 戦国時代までは、武士は農村に住み、半分は農民なんです。日本の場合は、支配者と被支配者の間の民族的対立はありませんでした。身分の垣根は絶対的ではありませんし、元々平安時代、世の中が乱れる中、実力を持った農民が武装したのが、中世の武士の始まりです。一族を守るため、支配下の農民のために闘い、時には犠牲もいとわなかった。源氏や平氏といった軍事貴族の話ではありません。その支配下に入った大多数の武士のことです。
 
 「自分の愛するものために闘う。」それが「武」という文字のもともとの意味です。江戸時代以降、大きな体制の中に組み込まれ、武士は農村と切り放され、その精神として「忠」や「義」といった抽象的なイデオロギーだけを要求される。同じことが、昭和初期の戦争期にも強調された。たから嫌いなのです。
 もちろん、家族のために闘う、自分の愛する共同体のために闘うと言えば「義」は分かり易い。でも、藩とか国家とかになれば「義」なるものの正当性は常に問い直されなければならないものです。
 もう一つ、大義が上じゃないんです、自分の近くの義が一番大切なのです。ブッタも言っているのです。「自分が一番かわいい」と。というより、人間でも、犬でも猫でも目の届く範囲でしか分からない、それ以上のものは、自分との関連性が理解して初めでわかることだからです。
 
 武士道の「戦士」としての精神性については多少は理解できますが、昔もてはやされた「葉隠」なんかは、サラリーマン化した武士の歪な姿で嫌いです。武士は時に命を賭け闘うが、時に自分たちのために不利と判断したら、主君を裏切る、戦国時代の武士の姿が本来の姿です。それこそ武士道です。
 
 
 谷カン
 深夜の6チャンネルのニュースを見ていたら、「谷かん」が出ていた。まじまじとテレビを見てしまった。眼鏡をかけ、少し小太りで、特徴のある喋り方。映像だけの三十年ぶりの彼の姿だったが、昔と全く変わっていない。かってインドで起きた、化学工場事故で多くの人が死んだ、今でも汚染は放置されたまま、被害住民は何の保障らしきこともされていない。その告発、調査、支援に彼が汚染地を訪ねる様子が映し出されていた。
 僕が彼と出会ったのは、水俣病の支援活動をやっている頃。彼は学生運動とは見切りを付け、水俣現地で活動していた。僕も二年ぐらい彼等と行動を共にした。僕等のリーダー的存在だったので「谷カン」とニックネームで呼んでいた。それは僕等流のおちょくりのです。「カン」は官僚や幹部の意味です。チッソの幹部や国の役人をおちょくり、そう名付けたと思う。頭が下がる。いまだにNGOで世界中を飛び回っているとは。
 思い出すのは、支援運動と僕のやりたいことは少し違うので東京に帰ろうとしていた頃、みんなに非難されるとか、抜け出すことの罪悪感にさい悩まされていた僕に、彼は非難めいたことは何も言わず、水俣市のお店でお刺身料理をご馳走してくれた。それが僕の記憶に残る彼との最後です。
 嬉しいですね、僕の青春の一コマです。関連していろいろなことが思い出されます。
 
 
 義姉の死・・・帰郷
 1月31日急な知らせに会津の田舎に帰った。母の死以降、僕の実家の周辺では不幸が続いた、親しくしていた叔母が死に、兄が一番頼りにしていた叔父が逝き、今度は兄のつれあいが死んだ。何か祟りにでも祟られているのだろか、母の魔法にかかっているのだろか。
 きっと、度重なる心労のためである。もともと義姉は心臓病の持病があった。昨年春、兄が入院したとき心臓発作に見舞われ、危うく命を落とすとこであった。親戚や村の人から「夫婦で入院だ。仲のいいこと」と笑われた。
 昨年の夏、お盆に田舎に帰ったとき、すっかり元気になり、心臓病の顛末を僕に離して聞かせた。そして最後に「死ぬとはこういうことなんだ。」と言うので驚いた。もちろんこんなに早く逝くとは想像していなかった。六十そこそことは少しきつい。
 さぞかし実家周辺は大変な状態となっているだろと思って急いで帰った。甥は「馴れています。」とか吐かしている。意外にも冷静なのである。村の人たちが集まり、葬式の準備を手際よくやっていた。お母さん(おばあちゃん)達が台所で冠婚葬祭には欠かせない伝統料理を仕込んでいた。母の時は異常な状態だった。誰も彼もが、シッョクをうけていた。その時に比べ今回は、「死に顔が悪くない。」、故人の人徳のなせるわざか、悪い雰囲気でなかった。それで僕も一安心した。
 義姉の冥福を祈るばかりである。合掌!
 
 実家も、悪いことは出尽くしたと思われる。確実に世代交代は進んでいることだし、後は甥達に頑張ってもらうことで、きっとこれからは良くなるでしょう。
 
 
火もとの家発見
 
 日本の社会は村社会と言われる。「成功した社会主義国家」とも言われる。そして、とかく「隠蔽体質」、「談合」とか巨大組織の悪いところばかりが社会問題として上げられる。百人単位の村落共同体と、一万人以上の巨大組織とは、量ばかりではなく質的変化があるべきなのに、単純に大きくしてしまったことに問題があるのだと思います。村社会の基本は「相互扶助」なんです。厚生福祉では村社会の伝統的なものを活かし、利益追求といったことに関しては、透明性と自由競争といった構造変化が今、迫られているのだと思います。
 僕の田舎は六軒だけの小さな村なのです。でも、村名は1200年、武藤の姓は600年の歴史があるのです。同じように、日本中の村々が千年以上の歴史を持っているのです。すごいことです。村は大きな家族なんです。土葬でなくなり、葬式に葬儀屋入り、ずいぶん簡素化しました。村を出た僕は全くの部外者。村の人が入れ代わり出入りして淡々と準備が進められているが、手伝うにも、分からないので手伝えない。
 僕の考えるに、里山は村のみならず日本の環境を里山は守っていると言う事実です。僕の小さい頃、山仕事が多くて農閑期にやっていた。春先の薪の切り出し、山菜取り、夏の植林地の草刈り、秋の茸採り・・・それらはみな里山です。村の里山は村ばかりではなく、都会の水や海の魚介類を養っているのです。里山は日本のの自然そのものなのです。そこへかける公的資金は全く少ない。過疎化した村に任せきりになっているのです。公的資金で山を守るべきなのです。
 あと大きいのは、食料自給率の低下と農村の荒廃です。恐らくこれから世界的な食料不足の時代が来ます。CO2削減と人口増加は農業の復活を求めているのです。
 そして三番目に観光地としての田舎です。欧米人に加え、豊かになった中国やインドの人々が大量に日本に押し寄せる時代が来ます。従来の観光地だけでは飽き足らず、新たな憩いの場所を求めてやってきます。日本人が、有名観光地の団体ツアーから、個人または少人数で、「知られざる自分の楽しみの場所」を求めて旅するようにるようになったようにです。
 そう考えると、日本の村の将来は決して悲観的なものではありません。今までの歴史が、余りにも「一方的な成長」をしてきたのです。環境問題は、人類に「バランスある変化」を求めているのです。
 
 
 夢
 夢はあるね。若い頃の様に体一つでではもう動けないけど、経済的な条件さえ整えば、日本の外で活動したものです。何十年か振りに見た谷さんの姿、僕の青春です。
 経済的な余裕があったらNGOを立上げ、少数民族の人々や末端の環境活動している人の援助とかしたいですね。アフガニスタンで活動している中村さんとか内戦のまっただ中で医療活動とかそんなことはできないが。
 一つ考えているのは、緊急性を要するボランティアではなく、経済的に成立する、成立しそうなことがいいね。人の善意だけに頼る活動には限界があるが、経済のシステムに組み込めるものは、永続性がある。・・・・・・
 日本国内はいいや、外国です。日本は豊かになったし、豊かさと貧しさを繋げる仕事なんかすばらしいな。南の国の農家の自立を助け、日本の皆様には本物の安全安心の農産物を提供する。コーヒーとか香料とか香辛料を。大資本のバイヤーによって買いたたかれているものを、有機農産品の国内の直送ルートを、世界規模で作るとか。・・・・
 あるある、探せば。
 あと、子供たちのために仕事ができたらすばらしい。子供はゆめそのものです。ほんの少しの援助で何人もの子供達が幸せになるなら、そんな素敵なことはない。
 等々・・・・・・
 
 お金は、いくらあっても一円たりとも無駄使いしない自信はあるんですが、肝心のお金は全くない。ああ悲しい。
 
 春本番
 入れ歯が新しくなり、久しぶりに全部歯がそろった。一度悪くした右耳もゆっくりだが回復は確実に進んで、左右のバラスもすこぶるよくなってきた。体調の方は万全なのですが、仕事や他のことは空回りするばかり。いいことは小さいことでも最大限楽しみ、悪いことはくよくよ考えない。人生経験から会得した知恵。春はもうすぐ、わくわく期待して待ちましょう。
 

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