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 春の野にすみれ摘みにと来しわれそ、野を懐かしみ一夜ひとよ寝にける

山部宿禰赤人やまべのすくねあかひと

 意味: 春の野にすみれを摘もうと思ってやってきたのに、懐かしくて一晩寝てしまいました。



 山吹の咲きたる野辺のつほすみれ、この春の雨に盛りなりけり

高田女王たかだのおおきみ

 意味: 山吹の咲いている野のすみれが、この春の雨のなか沢山咲いていますね。   



 つばな抜く、浅茅が原のつほすみれ、今盛りなりわが恋ふらくは

大伴田村家の大嬢おおいらつめ

 意味: 浅茅あさぢが原のすみれは、私の恋のように盛りです。坂上大嬢おおいらつめに贈った歌です。

 

    

 

 おおきみの命みことかしこみあしひきの山野さはらず、天あまざかる鄙ひなも治むる丈夫ますらをや何かもの思ふ、あをによし奈良路来通ふ玉づさの使絶えめや、こもり恋ひ息づきわたり下思したもひに嘆かふわが背、古いにしへゆ言ひ継ぎくらし、世の中は数なきものそ慰むる事もあらむと里人のわれに告ぐらく、山びには櫻花散り、かほ鳥の間なくしば鳴く春の野に、すみれを摘むと白妙の袖折り返し、紅の赤裳すそ引き、おとめらは思ひ乱れて君待つとうら恋ひすなり心ぐし、いざ見に行かな事はたなゆひ 

大伴宿禰池主おおとものすくねいけぬし


 意味: おおきみの命をうけて山や野をもものともせず、田舎まで治めるあなたが何を心配なさるのです。奈良路を行き交う使いの人が絶えたりしないでしょう。恋思いにため息をつくあなた、昔から言うように、世の中なんてあっという間のことです。何か良いこともありますよと里人が私に言うには、山には桜の花が散って、かほ鳥もひっきりなしに鳴いている春の野ですみれを摘もうと、少女たちが白い袖を折り返して、赤い裳の裾を引きずりながら、あなたをせつなく待っているそうです。ですから、さぁ、見にゆきましょう。行くって約束しましょう。

 

 

 

 すみれ Viola mandshurica W.Becker 〔すみれ料〕

 

 東亜温帯の山野や道ばたの日当りの良いところにはえる無茎性の多年生草本で、高さ7~11cmほど、根は茶色である。葉ば翼のある長柄があって株もとから多数束生し、葉身は皮針形で先は鈍く、基部は切脚またはやや心脚となり、へりにば低平なきょ歯がある。花後の葉は長大で、脚部が広がり三角状広皮針形の葉身となる。春に葉の間からぽぽ同高の花柄を出し、その先に左右相称の濃紫花を横向きに開く、唇弁には紫のすじがあり、距は円柱形で長さ5~5mm。白側弁の内側にば毛がある。さく果は長楕円形で失がとがり長さ約15mm。本種の白花品種と前に説明したアリアケスミレやシロスミレとはよく混同されるが、唇弁の距の長さ、根の色、生態性などがよい区別点になる。
 〔日本名〕スミイレの略で、花の形が大工が用いる墨つぽに似ているからである。
 〔漢名〕紫花地丁はよくない。支那に菫菫菜というのがあり、スミレの一種(あるいはコスミン?)であるがこれを略して菫菜と書くのは悪く、また単に菫とするのはなおさら良くない。支那で菫菜というのはいわゆる芹であり、セリ科のオランダミツバ、すすわちセロリである。                      -牧野植物図鑑-

 

 春になると、庭先をいろいろな春の花が咲き乱れている。かわいらしく加工された園芸種より、やっぱり野生の花はやっぱりいい。花は控えめでちょっとすると見逃してしまうが、野のすみれほど清楚でかわいらしい花はない。 (M)

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