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ム ト ウ 散 歩
武 蔵 国 分 寺

田舎から上京したての頃から僕の生活圏なのに国分寺をしっかり見たことがなかった。夏の仕事がここのすぐそば、休みの日に出向くことにした。
奈良時代、東大寺の分寺として全国に造られた国分寺の中でもここは大きい。中心部(東西720m×南北550m)、僧寺領域、尼寺領域とあった。以後、ここが武蔵の国の首都「府中」である。1333年、分倍河原の合戦で消失する。ただ、武士の時代、防衛拠点としては相応しくないので、有力豪族が本拠を置くことはなかったが、家康が江戸に来るまでは、武蔵の国の名目的、府中である。
古代より多摩地区は涌き水のある所に都市が出来たが、開発は江戸時代までまたなければならなかった。

経内に大きな蓮が咲いていた。


真姿の池の湧水。



国分寺薬師堂。


七重の塔跡。


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