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鳥追観音の謂書(いわれがき)


 アートランド7周年
 
  七月の半葉、横浜公園の前にある旧財務局の煉瓦建ての官舎を、区がイベント用に改装した建物で行なわれた。佐久間久美子とは家族共々長い付合いなので、三日間付き合った。経済的には苦しい中よくここまで頑張りましたなおに申します。
  一度続けようかどうしようかと彼女が迷っていた時期があったので、僕は「無理はしない方がいいよ。」と言ったこともあった。七年は長いですね、継続は力です。でも、僕としては無理なく頑張ってほしいと思う次第です。

↑ 佐久間久美子と首くくり栲象

途中から何人も入り乱れることとなったが、そのときの一こま ↑

本館の別館の間がプレハブ作りの喫茶室となっていて、
いると七十年代を思い出す気分となり、なかなか良かった。   →
 

 選挙
  参議院選挙で自民党大敗。これでしばらく政治が面白くなります。でもね、投票率60%以下と言うことは、残りの40%の人は選挙より大切なことがあったと言うことで、国政が国民の身近な問題を取り組んでいないと言うことです。70%以上は欲しいものです。
  ここ二十年間こういうことが何度かあったが、政権交代に繋がっていないし、繋がっても長続きしてこなかった。と言うことは、与党より野党がだらしないと言うことです。でも今回は野党はまとまっているし、政権構想もかなり煮詰められているので、政権交代まで繋がる可能性は大きい。
  当面続く衆・参議院のねじれ現象。これで、日本の政治の一番の課題は『情報公開』です。それが進めばいいことです。お金の話しは、不透明だからいろいろな闇の力が働き不信感が生まれるわけです。また、制度改正もデーターが不透明な中で強引になされても、良い結果が出るとは思われない。   政策変更は政権交代しないと変わらない。これからの野党はしっかりと試されるでしょう。票は入れたけど、民主党を支持したわけじゃないと言うのが新たに民主党に入れた人々の大方の考え方でしよう。自民党政権の不透明な部分を暴くだけでは駄目、国民が納得する政策が出せるかどうかです。政治家は公僕です、駄目ならどんどん変えればいい。

  選挙前、各党の党首の政策を聞いていたら、民主党の小沢一郎が一番論理的に先までの構想をもいた。そして彼は党首になってから、全国の過疎地、農村地を遊説し始めていた。今回の勝利はこれが非常に大きかった。民主党が弱かった山間部で指示を得ることに成功した。これが今までと違うところです。
 
 農業の再生。
 過疎地、老人だけの集落、etc.が地方の田舎のイメージです。今回はその頑強な自民党支持者だった爺さん婆さん達が反乱を起こしたのです。最終的に政治を決めるのは地方なのですね。だからこれから問われるのは民主党の地方政策、農業政策です。  農業を産業と見る限り、農家の再生はないのだと思います。もちろん、ブランド米やリンゴやみかんなど産業化できる農業も沢山あります。しかし、多くの零細小規模農業をどう再生するかとなると、多くの課題があり、どの党がやっても難しいでしょう。
  それは「経済的生産性」という以外の視点、「緑の保全」「食料の安全保障」「日本人のアイディティー・文化の保護」といったものの価値をもっと重要視すべきなのだと思います。そのために税制や制度の改正がなされるべきだと思います。
  今まで箱もの行政と揶揄され続けた・補助金と公共事業を中心とした農業行政は変えるべきものです。地方自治体の権限強化、環境税を導入して、森林保護に回すこともいいでしょう。都会の人々が農地や里山での農業体験や、また農業を新しく始めやすくするための制度の改正することも必要です。
  日本の山は「里山」と言う山、管理された自然の復活がキーポイントです。今そこが荒れているのです。村が力を失うと同時に里山も荒れてきた。ここに都会で徴収した税金を使うべきだと思いますが。

  僕が思うに、世界はこれから温暖化に伴う環境悪化と人口増加と食料不足で、大きな、人類にとって21世紀的大問題として浮上してくるのだと思います。二十世紀初めの経済恐慌に匹敵するような事態に陥る可能性もあります。口では「環境環境」と言ってもその取り組みはまだまだ甘いからです。
  もうそうなったら、金を出しても入ってこないようになるかも知れません。少なくとも、金に任せ世界の食料を独り占めすることはやってはいけないことです。緑の価値は今まで以上に価値が増すのだと思いまし、農業が再び脚光を浴びてくるのだと思います。
 
 台風・地震・・・そして原発
  七月は、西日本の台風と新潟の地震。ちよっと引き下がって考えてみると、人間逞しいですね。復興も早いし、経済や社会もみんな飲み込んで何ともなかったように見える。半世紀前なら死者は十倍以上に達し、多くの被害者は路頭に迷っていたでしょうに。
  毎日のように殺人事件や嫌な報道がなされているけど、被害の少なさ、復興早さを見る限り、日本の社会は健康的な力を持ち合わせていると言うことだと思います。

  地震でクローズアップした原発の安全性。原子炉は自動停止し、深刻な汚染には到らなかったが、原子力に頼る危うさには変わりない。CO2削減とエネルギー確保で原発政策を推し進めてきたが、地震がもう少し大きかったり、なんらかの整備不足で、深刻な事故に繋がるリスクは計り知れない。
  あと僕が心配になるのは、エネルギー不足で原子力への依存度を強めている中国です。現在のこの国に日本以上の安全性を求めるのは無理ですし、数が増えればその分リスクも増大する。重大事故が起これば、中国のみならず、東アジア全体がその被害を被るのです。
  石油原子力に頼らならいエネルギー、コストは高くとも、全体の三分の一は自然エネルギーによる電力に変えると早く政策転換してほしい。
 

 今年の夏は・・・・
  伊豆のお水達のところに顔を出したり、お盆に田舎に帰ったりしていました。どこに行っても暑いのでまいったまいった。
  この写真は南伊豆の子浦に住んでいる小泉さん。まるで仙人、「森の人」です。昔、丸山工場で一緒に仕事していた時からの知り合いで、旅を人生としてきた人で、今も大工仕事の現場でよく合います。お水達の帰りに寄ったのですが、イヤハヤ、真似できない恐れ入った。しかし、春の四月五月、秋の十月十一月は最高でしょう。一番贅沢な生活をしているのは彼かも知れません。


小泉さんの小屋の前で
 知り合いの所有する山の中に、自分で四畳半ほどの小屋を二つ造り住んでいる。電気はなく、湧水を使うという。近くに友人の引いた電源で携帯電話に充電し、移動は50ccバイク。お金は必要になったら東京に出てきて大工仕事で稼ぐといった生活です。









  お盆に田舎に帰ったら、兄が一冊の村の歴史を調べた本を見せてくれた。自分のルーツに関わることなので、読みふけってしまった。「芹沼」と言うのが部落の名前ですが、この地域の最も古いお寺の成立と部落名の改名のいきさつの文書が、お寺に残っているという。越後と会津の街道筋にあり、仏教文化が実家の前の道を通ってやってきたことは確かです。  → 鳥追観音の謂書(いわれがき)  下線部をクリック別ページに詳細ページあり
  更に「武藤」という僕の姓は戦国時代ここに赴任した柵(関所)守の武士に由来して、その武士の家が「御館様(oyagatttsuama・オヤガッツアマ)」という屋号で今でも残っています。狭い土地に七軒しかない小さな部落「芹沼」、せいぜい5~600年ぐらいしか歴史を遡れないと思っていたのですが、1200年以上の歴史があったとは驚きです。これも怖れ言った。
  今はダム湖に沈んでしまった観音岩にメダカを捕りに行ったことや、村名の由来の沼は、芹だけではなく川海老、鮒や鯉のかっこうの釣り場で僕らの遊び場であった。弘法大師所縁の場所(実際やってきたのはお弟子さん)を山仕事の合間に父が教えてくれたことや、それらを村人が大切に語り伝えていることなど、当たり前のこととして気に止めなかったが、それらの記憶と古い言い伝えとが僕の中で統一された。

  そうなんですよね、田舎はどこでも1000年くらいの歴史はあるんで、その伝統は重いですよ、「過疎だ」「仕事がない」とかとかく悪いイメージの田舎ですが、その1000年の歴史はそう簡単になくならないし、なくせない。地方が反乱と言うか、急激に変化し続ける都会の歪な部分を常に監視、補正する機能をこれからもなしえて行くのでしょう。また都会あっての田舎であるし、田舎なしには都会はない、この国の車の両輪です。




 カニ坂の祭り
  八月の終わりの土日、福生のカニ坂公園で行われた。昼間は炎天下で暑かったのだが夕方なり、涼しくなりなかなかいい感じであった。








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