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手の鳴る方へ
道をあるくことはやがて特権となるだろう。
穴が顔になるまで。穴を填める。穴に宿る。穴をふさぐ。顔は銃であり子宮であり。
窓を過ごす。
射す方に光があるとは限らない世界。
花ひらくは盲いるに通う。
空にはとどかぬその光が、飜る裏がわの白を息吹かせる。
憶えているのと忘れるのは一緒。憶えているのと忘れないのとは全く違う。
忘れると忘れない、憶い出すと憶い出さない、遊ぶと遊ばない、失うと失わない、おんなじ。
長い髪がなびいて届きそうな風のなかに澄んでいる。
ずいぶん沢山の音楽を聴いてきたような気がするけれど、考えてみればその沢山がほんのわずかなんだ。世に夥しく、物の数は取るに足らない。これから聴こうとするすべては、これまで聴いたすべてを、憶い出さずに蘇らせようとする裏切り、すなわち、始まりで終える意(こころ)。聴かぬに如かず。聴かない、が意味を帯び始め。
水のなかでは、表裏が揃うことは乱れかたのひとつに過ぎない。
内からの水で、外からの水を吸う。
高鳴る花の色。知ってるような知らないような。恋もかすかな風も。
生きたいという衝動に、からだはただ震えるためにある。しんそこ震えることができればそれだけでいいのだ。からだは震えることしかできない。鈴。
歯を印す。
降り積もった雪が、しるされた足跡のすべてを同時にしてしまう。同時に消えてゆく。時の前後が何ほどのものか。意を以ても体(たい)を以ても出会わなくとも、痕跡と消滅に於て出会っている。
喪が残る。
髪は野に、かみの匂いをそよぎ去る。
地にふれる息、空の足。
刺さるは隠れる。再び現れれば何かを引きつれて出て来ることになる。致命的な何か。死を齎すものはそもそも生を直かに支えていたもの、いのちそのもの。いのちは見えてはならないのか。見えることが死。
母は母自身を食い破る。
何によって潤っているか。潤ったあげくの、どのような取り澄ました沙汰の相伴か。もしや、水源では悲鳴が挙がる。水源では、そもそも何が流れる。
木が高々と風に揉まれている。心臓。この光がこえないうちに。
雨に濡れることができない、という不具。
臍の音。
身辺をうろつく不可視の知己は、つまり俺の息か。俺に、死者ともおぼしい域から通ってくるのか。
水面を水のかわりに見捨てる。
からだのなかの明暗の動向を気にすること。
振動を渡す。引導を渡る。
ノックするのは、ノックの音を中へ聞かせるためか。ノックのあと、中へ耳を澄ますためか。初めてたずねる戸口にたたずむようにして、われとわが胸板も、他人の胸板も。墓石は、叩くための拳の大きさがあれば充分だろうが。たずねるのは死者か心臓か。ノックして初めて、とうに内側からたずねられていたと知る。内側では叩きつづけていた。打ちつづけていた。それが必要なのだ。旅路を経て横たえた身に、旅が静かに辿り着く。内側以上にこちらが内側であってみれば、向う側はどこでもよい。無造作なノックが絶句する。横たえて立ちつくし、先住に打たれる。わずかな先住。ついさっきまで自分だったはずの、口には出さぬ「入ってますか」。目をつぶり、息を仰ぎ、しずかに父をひらく。
からだは戸口。私のではない戸口。閾(しき)ったのは私ではない。閾られて、閉め出しを食うようにして閉じ込められた分際。この戸口に私は立たされ、待たされているのだ。このからだに住んでいるのは誰か。私は待たされつづける。
奥行はとじており、水を、それから熱を蓄えるためにある。奥行は奥行を横たえて一躍、奥行を増す。蝕むに似る。
おそらく水になぞらえ、揺れるものを残して鎮まる。からだは遡った墓。
はばたきだけが、不意に部屋へ闖入する。
憶えているということは、今とは違う相貌、姿勢、呼吸、しぐさがあったのだ。在るものの、在るのではないべつのありさま。それが、当人ではなく私のなかで通(かよ)っている。
身辺をいかに埃とするか。水と埃が替る替る五感を出入りする。さまざまな水の相へ対をなすように、埃のさまざまな相。
薄く折り畳まれた金属片。お守りみたい。男には、しまっておくところは口しかない。
差し交わす、はてしなくどこまでも差し交わす先と先。
行為がやがて関係となる。そのための方便であった、ということになる。行為を伴わなくなる。存在が伴うのだ。
この身をつつむもの。この身がつつむもの。おくれて揺れる。揺れ捨てて静まる。充分に光がとどかないからそこまでは見える。
残りの水はあらかた肌が吸ってしまった。なじんだ布は今日を限りに裏返す。
憶い出すようにして出す。
欠如としての見晴し。
太陽が没むのではない。一日が没むのだ。
表面をあつめれば山。
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