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笑い話

〇向いにまわって座を正し、こちらへ戻って座に直る。 〇風はそと。影は長く屋内に伸びて歳月をよそに揺れつづける。影に濃淡あり。揺れかたに長 短あり。

〇無人のまま、次第に座が乱れる。

〇あまりにも深すぎ、あまりにも篤すぎる病んだ部分は、かえって周囲を患わすことなく、静かに取り残され、ひとしれず滅びてゆく。

〇内側へそよいでゆく。

〇草が草たることを忘れてそよぐとき、草は十全に草である。このとき草は些かも風でない。ゆえに風が純粋に風となるのだ。風の上可視を草原が輝かせる。

〇おまえの代わりにおまえの背後で動揺するもの。時におまえが代わりに動揺する、おまえの背後で揺るぎないもの。わずかな背後もはるかな背後も正面のまなざしにはひとしい。

〇排泄は決して自明ではない。排泄物が排泄に到る道程は無明の手探りにほかならない。排泄 物は口を探す。何ら関わらぬかに、私もまた口を探す。口はそのつど双方から見出されるのだ。まさしく貫通である。排泄は光りあふれる。

〇排泄は折々のことにすぎないが、排泄物が口を探す運動は絶えまない。何らかの口を探すとおぼしい私の逡巡やかずかずの無意味なしぐさは、おそらくこの蠕動に照応しているのだ。

〇どうにもならない問題よりも、どうにかなる問題のほうがはるかに危険なのだ。

〇生きることを癖にしている。日常によって日常を、習癖によって習癖を道のりとする。その自覚を道とする。道は平坦に於て、執拗な平坦に於て坂である。平坦に順(したが)うほかないこ とによって平坦に逆らう。逆らいえないことによって逆らいつづける。そこに道は何の変容 も伴わず静かに高まる。

〇蔑(な)めるな。ひとが生活へ賭ける空虚の厖大に、おまえのなけなしの充実が拮抗しうるとでも思うか。厖大な空虚に支えられた充実が、何がしかの錯覚を通して空虚を支え返すかり一時がある。それだけだ。

〇風は数ええず。風が戸板を吹き抜けるる時、風はすでに風でなく、戸板を叩くのは戸板自身にほかならない。

〇花が声にほかならぬ。持続しがたいものの持続なのだ。

〇まだ緑か。はるかに緑を去った涯はたてで、寸分も緑を纏わずに、いよいよ見境もなく緑は周到に熅(いき)る。

〇全山の緑を得て、水は際どく度を保つ。

〇両手で水は澄め。湛えた緑は限りある身の限りなき明るみ。水面とは、度を失うことと度を保つこととが漣(さざなみ)だちながら一致した状態にほかならぬ。

〇時間を見つける。水は見つけかたにほかならず。

〇咲く花は、咲かざるものを隔たるに非ず。花ならぬ万象一切が咲く消息を指して咲く。咲かぬが花。

〇「わかる《ことの陥穽へ意を用いよ。わかるはわかれるであって、じぶんでわけているつもりがただわかれているにすぎない。わかれで囲ってじぶんを狭くする。わからない。わかると思ってならない、との意を絶えず湛えて張る。器の用いかたとはそうだろう。

〇旅は意味をはなれる。重ねて書くわけにはいかない。

〇痛みを過すということ。痛みは分明に待つ。痛みのなさは上分明なまま待つことを待つ。

〇無香無聞。非香非聞。未香未聞。一つの香は一つの傷でただ一度聞く。聞いても一度。聞か なくても一度。問いは相俟つ。聞き入りて香は妙(たえ)なかりけり。香もなかりけり。

〇上の空、放心の心、無心の心。放つために掴むと。無にするために実ると。そのわずか上の空、枕もとほど、わずかな上の空、ひとすじの隙きまを調えておく。隙きまには一切の恐れがある。即ち可能性が。目が。芽であり心(しん)である目が。指ひとつの太さ

〇取りとめなく、のっぴきならぬ。日常に順したがいきれるものでもなし。日常に倣ならう。日常 に学ぶ。日常の真髄を聞く。

〇緑を嗅いで円くなる。

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