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●越冬。冬が困難な季節か。冬ばかりが。季節はゆめゆめ立ちはだかって憚るまいが、それに対し謂わば私の声のがわが、季節に沿って季節をどうしても迂回してしまう。避雷針という言葉が避雷針を裏切り、剥ぐれてしまうように、私の声は声を剥ぐれている。声は必ずしも声を全うして季節に至るべきなのに。そのくせ迂回は季節の髄なのだ。
●盆前盆後、水にかわりはなし。表面を張れわたって一部が始終を対照とする。
●濡れて光っている面が事後に残る。
●反故を事とする。あつめない。集と散は互いを部分とする。
●水だから水をまつのだ。
●木を見て暮らす。一本の木。一生も一瞬も長さではない。一度ということだ。一度の木。繰返し暮れ、繰返し明け、繰返し見る、そのことじたいが一度を満たし、一度に満ちている。
●置き引き。置き去り。わが身のどこを定点として、四時の齢をかぞえる。かぞえて数える習わしを落す。暦を破棄し、時計を毀釈する。数をはぐれてかぞえる。営みを腑に摘む。
●面前の交渉。威儀をはだける。
●風長ずるに及んで皮膚河の如し。
●痕跡をとどめぬように心を砕きつつとどまること。とどまるためにとどめぬ配慮。ではとどまらぬためにとどめる配慮はあるか。
●一糸みだれぬことがもう痕跡である。痕跡を消すことが紛うかたなき痕跡。痕跡は痕跡に紛れて自づから帰する。
●消去にそなえるというよりも、消去によってそなえている。
●声は、いのちがからだに宿る宿りかたである。あるいはからだがいのちに宿る宿りかた。
●植わる。骨肉のための土壌たるべきもの。
●塩で出来た空。うごいている。
●渡ることは響くこと。応答のなさが最たる報酬となるような。響きと響き、黙と黙。記憶と記憶。うたを噤み、叫びを含んで、一様に揺れることができる、ということ。耳を聾するまでもなく、取りとめのない雑鬧がそのまま限りない交響であり、どのように精緻な楽より豊饒で溢れ返る楽である。
●路面が不意に濡れている。あるいは水面が不意に濡れている。
●繰返し、きわまって、滲む。きわまったところが以後でいっぱいになる。
●反復で煩雑を断つ。
●きわまって、ひらく。つたえるのではなくつたわる。きわまりゆくことにかろうじて耐え、きわまることに耐え切れず、それでもなお耐えようとしてひらく。耐えるものが耐え切れぬものをおのづから放つ。きわまったから放つか。放されたからきわまってしまうか。きわまれば渡す。
●呼吸を水がひらく。水を呼吸がひらく。たちまち通ず。
●ととのえることはしるし、標識、墓標、しらべ。
●待つことが日々重みと意味を帯びてくる。待つためには具体を目(もく)さねばならない。あなたは一旦きれいに忘れてくれることが望ましい。いつか不意に憶い出した時、私の待つは初めて報われるだろう。だからあなたを待つ。あなたは澄み切って見えなくなる。あの世とこの世を隔てるのはからだ一つだが、この世とこの世を隔てるのはからだ二つである。
●ひとけなく落葉の径と消えにけり。
●見えないもの、見出しえないものを、見出せぬまま見失う、という意味で消えたのだ。
●死者の蔭に隠れて見えない。
●どうしても手が届かない。この手が、あらゆる手段が届きようもない。だから見えてしまう。あなたが思っている以上にあなたはあなたのはるか深くに届いてしまっており、それはこの上ない神秘なのだが、さらに神秘なのは、あなたがもうすぐそこから逸れていってしまうであろうことであって、あなたは神秘に届いていながら神秘を逸れることで図らずも現実に貢献してしまう。その貢献は尊いがあまりにもささやかでほとんど取るに足らない。あなたはそうやって私にまず深い神秘を見せ、私の視力に決定的な焦点を与えておいて、そこから逸れてゆくことで私の視界から消えてしまう。私からまんまと現実を奪い去ってゆく。しかもそのことを知らない。
●目が見えるという奇跡、この途方もない驚異は、取りも直さず見ている限りそこへ入り込むことはできないと告げているのだ。
●沈黙にも歴史にもただ道をひらき、通り過ぎるにまかせ、どこまでも路傍として、傍若無人なひろがりとしてたたずまいを横たえつづける。
●家を建てること、巣を営むことが、楽を奏でることへと置き換えられ、さらに異る何かへ転じてゆくならば。ひとは火に住むことはできなくとも、住むことを火にすることはできる。からだとはそもそも火を住まわせることではあるまいか。
●木が枯れるのではない。木が生い立つのをゆるし、木がその姿ではだけるに委せた身のまわりの風土に立って、木を見てしまったものの奥へ転じながらも木は木であるほかなく、木が木である植わりかたが木を見てしまったものの奥へうつしかえられながらついに木とはならず、木を見、木に住まれた記憶は記憶のまま止まる。何ものも枯れはしないが、憑(の)りうつったのは木ではなく、木を見てしまったという一事である以上、見えるという能力が、存続することにおいて尽きているなら、木を見てしまったことは木に枯れてしまったと言うこともできる。木を見てしまった。木はそこにある。見ることのすべてがそこに尽き、しかも果しがない。この果しのなさを、木は土壌とするだろうか。
●風の長さは人の長さではない。石の近さは人の近さではない。だが風は至る。この人ではない人に、この風ではない風だろうが、はるばると至る。石もまた必ずや来すだろう。宿さずにはおかぬだろう。無数の道を道が拭い、無数の歩みを歩みが拭い、光は始めからふりそそいでいたのだ。
●風景に歴史を植えつける。営みはすべて声に準ずる。
●路傍におきざりにされる。路傍がおまえのまなざしをおきざりにするのだ。
●光が、刻々と勾配を変えながらも満遍なく沁みこんでゆく。記憶された光は光ではない。光の状態にない光。
●この世に生(あ)るがすなわち遊山。
●真上や真下に音を聞くことは滅多にない。耳にしたしまぬか。耳を傾けるまえに、耳に対して世界がすでに傾いているのだろうか。真上は聞えない。真下は聞えない。響きは勾配をもつ。
●声を奉納、語りを奉納。
●わが身の鳴りをほどいてひらく。しばって束ねる。防空。冴え鳴り。鈍び鳴り。
●生者と交わることと、死者と交わることと、何ほどの違いがあるというのか。生死の境は当座のことだ。とどのつまり、生死の径庭はどこにある。けはいへつづくものはたちまちけはいとなる。私と、私のけはいとが、千々に乱れたとて、私にとってのことに過ぎぬ。時間はあっけなく入れ替る。それが時間のしぶとさだ。
●土をおさめる。土におさめる。手のかたちは用い方に準じる。
●声がとどくためには声をめぐって何かがほどけなくてはならない。何かがほどけ、おそらく螺旋状にほどけ、生ぶ毛を帯びて声が届く。
●そよぐものがたくわえる。そよぎを通じてたくわえる。そよぎをたくわえる。色をなすまで。色をなしてなお。
●念頭を経ない。窓が帆のように光を孕んでいっぱいにふくらむ。
●親をよぶわけにはいかぬ。親によばせるわけにはいかぬ。人の生涯の幸不幸を斟酌できると思うな。憐む余地などありはしない。人の生涯は天晴れなものだ。
●虹が縦に、しかも奥へ向って弧をえがいて懸かる。襞をなして風か何かに揺れることができるものの、そよりともせぬその片隅に。しかし襞は揺るぎなく無風にして無音、その無沙汰において風のほうが、あるいはこのまなざしの歳月こそが畳み寄せられる。寄せられて空けるのだ。
●すれ違うぐらいなら衝突する。
●水を空ける音がする。
●澄めば澄むほど濃まやかに震える。
●ポケットの内側が地図になっている。

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