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● 輪郭を保とうとすれば輪郭は破れる。破れた輪郭にあらたな輪郭が表れる。破れて表れを呼ぶということか。この輪郭はあの輪郭ではない。呼び声は発(た)てられる前にはたらく。破れても、声は空間より時間にはたらく。たちまち消えて、さて。水面に目鼻をつけるのではなく、目鼻に水面を通す。
● 柱は柱に連なる。見える柱は見えない柱に。見えない柱は見える柱に。あるいはさらに見えない柱に。柱から柱へ懸かるのは、声であり、季節である。
● 季節が垂直に移り変る。
● 夕くれに瀧を立て。しぶきのぶんだけはなれては。ひかりを終えて朝をまつ。
● 立ちつくすのは揺れかたの一つ。
● 感じるのは、通じるところが少し曲がっているから。
● 雨をふる。雨にふれて、皮膚が、この水たまりの如きものへと、ふる。目をつぶり、ふり心地がゆれる。
● 己れの内側へ向けて生い立つ樹には外部の世界が土壌であり、外部へ向けて生い立つ樹には内面が土壌となる。内を繁らせるために外を荒らすか。外へ繁るために内を荒らすか。土壌を荒らすことでしか繁りえぬなら、それは樹を終えるための繁りである。
● 他人を障碍物と見なすよりは通路と見たほうがましだろう。他人は通り路である。どうせなら避けるより通ったほうが面白い。あるいは己れが。通り路を通り路が通る。通って消えるか。
● とどめへ刺さってゆく。
● 山上に、雲は石から生じるものならば、その表面にわずかに滲んで山が冷えたり温もったりするところ、風は生じるものとする。わずかな湿度の出入りが表面の、すなわち事物の皮膚の呼吸に他ならない。
● 他面体。転がるほど面を増す。
● 音楽は濡れた髪で聴く。からだのなかを潤いがどう下りてゆくか。耳を傾けるよりも。からだの外へ潤いがどう蒸れ去るか。耳を澄ますよりも、全身の産ぶ毛の乾湿で聴くこと。音楽に対しては耳が全身の毛穴へ通じるように、蹠が全身の比重へ通じるように。耳がひらくことで何が緊まるか。毛穴が、蹠が、比重が、音楽が、それぞれひらくことで一体何が緊まる。
● 行くてを遮るものは皆な疲労して見える。そんなわけがない。遮るものがではない。遮るのに要する時間がか。
● 海の満ち欠け。季節とも違う、遠ざかったわが身の満ち欠け。うたのそもそも。
● 贈り物はそもそも倒れている。逆立ちしている。だから逆さまに正して渡すべきだ。
● 崖の下には声がある。下とはどっちだ。どこもかしこも崖だらけだ。むしろこう言い換えるべきか。曲る角には福来る。
● 撮影にならない。感光ゆえに。光が光を、それでも光をかくしている。うつるとうつすが重なって白んでしまう。
● 橋には名まえがある。名まえが橋だから。名を渡す。名を渡る。渡してただし、渡ってただされる。
● 針をふり切ることよりも、ふり切った後で戻ってくることができるということ、戻ってくる先を信じることができ、その信を支える受け皿があるということが要である。世上、概ねのところ人はそのような受け皿を持たない。ゆえに信を持たない。針をふり切り、戻ってくる、その両極を、針をふり切ることのない日常にひそめて生きることこそ針の真実ではないか。真にふり切った針はそこで壊れ、以後一切の表示を断つ。両極を健やかに往復しつづける運動はじつのところ何もふり切ってなどいないのだ。針はふるえている。安易に他のふるえに同調し共振しかねない感じやすさを耐えつつふるえている。目をつぶって死にもの狂いになること、殺意に瀕することで賦活を得る習慣をもつこと、それは人間誰しも死に瀕すれば真実を現わすだろうという安直な値ぶみにすぎない。真実をそのように予め狭苦しく見くびってしまっていいものではない。いかなる死の、いかなる殺戮の脅威にも回収されない、何ものに徹することもない、微弱な針のふるえにこそ、謂わば尊厳がある。
● 含んだところまで奪う。
● 骨は飛翔の集積である。
● 死はかたづいている。死がかたづいたところから始まっている。かたづき先を尋ねてはならぬ。
● 渡りに笛。
● 寒さとは落差のこと。
● 木々が緑を放す刻限。木々が緑を収める刻限。緑は色ではない。むしろ、緑が色をよそおうことで、色ではないものが色に添う。
● 見る。まぶたの代りに、つまり見ない代りに見る。見てはいるが、目をつぶる代りに目の前へ立てる。むしろ、その前へ目を立てる。目をふさぐ代りに目でふさぐ。
● 大樹なし。寄るべなく群らがって、さも大樹のふりをする。いずれまるごと散るほかないのだ。散るのは己れ。大樹は蔭のみ残る。そもそもありもせぬ大樹が、己れの一存とともに散る。蔭はますますざわめく。あたかも無人の賑わい。散れば散るほど後がある。
● 今、日が差した。それが絶えまないように見える。
● 人間の本能は獣から車輪にすり替っている。車輪は進歩を遂げ、もはや任意に止まることは難しい。止まるためには壊れてみせなくてはならない。
● 季は韻いたか。匂いと、色と。呼吸を遍くして皮膚のひろがりと。
● 顔は既に相手の風景だから、顔は風景を殺すか、少くとも奪わなくてはならない。風景をもたない顔はない。顔は世界のなかにあって孤独なのだ。風景をうつすことで風景を経、風景を増したぶん、風景を奪って顔を現在へ、すなわち相手の前へ戻さなくてはならぬ。それが道だ。
● 光を皮膚で感じようとすることが火である。
● 歳月はどうしても集約されてしまう。集約(の品)を捨て去っても集約の仕方が残る。おそらくそれが人格なのだ。歳月を封ずるのは一瞬だが歳月が成り立つのも一瞬にほかならない。己れを一瞬と一瞥との逃げ路と見なすこと。野放図な逃げ路。逃げ路は海か野のようなものへ注ぎ込むだろう。散ってしまった数々の一瞬と一瞥が海を野を成す。散るに委せることが海に獲得される豊かさ。
● 階段が光になる。
● 弾(たま)を込めて銃を休めること。撃つに及ばず。狙うに及ばず。呼吸の置きかた。
● 腕が十本もあったら脳はどうはたらくだろうか。指が十本あったら。
● 坐臥を貪る。
● 火に至らぬ燃え上がり。火とならず燃え上がって火を告げる。
● 明暗をしめる。
● 土と火が互いを痕にする。
● 後ろ姿はあふれて差し入る。
● 折りにふれ、この身の折れるところ、この世の折れるところ。 ● 花とはおそらく、それまで維持してきた持続の条(すじ)の全てが一挙に途切れてしまう事態ではないのか。破綻、一世一代の破綻。今まさに死がおりてくる直前の、数瞬の、数呼吸の、逃れようもない静けさ。破綻と解放はひとしい。
● 食べるとは、下りる動きに逆らって立つことだ。
● 逃げゆくものが私を遮る。
● たった一人でも、死ねばいい、消えてかまわない、と思ったらこっちの負けなのだ。それが勝負のすべてである。その余はない。
● 受け容れるということは、まず何よりも受け流すことへの抵抗でなくてはなるまい。
● ゆく面(つら)に路頭は逃げる。
● 影は下方へ落ちのび、絶対の青空はそこからも滲出する。
● 一輌の流れをくぐりぬける流れ。ちょうど目を注いだぶんの長さを少しだけ余る。
● 道は筆順でしかありえない。ゆえに風景ではありえない。
● 空は破れているから空だ。空を破ることが空なのだ。日の出入りに関わらず。
● はなればなれに実を結ぶ。
● ゆく道はまっすぐ聳え、はるかな風にかすかにそよぎ、すぐにもやむかと待つゆくえ、いつまでも、いつまでもそよいで、空までふるえ出す。
● 青には明るさと暗さの分かれ目がある。

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