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         残り雪

 

   春は名のみの風の寒さ。

   先月降った大雪は土地の古老を驚かせ、

   山の木々の折れた枝のさけめが痛々しい。

   まだ日影に残る雪は汚ならしく水を流していた。

 

   風の便りに

   昔の女友達の夫婦仲が悪くなったと聞くや、

   「ざまあみろ」と心の奥の小さな悪魔が嗤った。

 

   仕事と仕事の曖昧な時間。

   土手の雪の上に見つけた小さな紅梅。

   ふやけた冬と生れたばかりの春。

 

   風の寒さに耐え切れず逃げ込んだ 

   レストランの窓際の席は、

   まるで菜の花の陽気。

   コーヒーをすすり、

   去り行く季節に意地悪な妄想を重ねるのは楽しい。

   雪原を吹く風は、ピリッと、

   ピュアーだった青年時代を思い出してくれたのに。

   今はだらしなく、泥んこの残雪となり、

   家陰や谷に残る。

 

   光と影。

   夢を思うには弱すぎて、

   所々見え隠れする死のかげ。

   何となつかしい不安定さよ。

 

   もうしばらくこの居心地の良いこの席で

   身勝手な妄想にふけっていよう。

   そして、病む友の見舞いにでも行こうか。

Feb.16th/'98

Mamoru Muto



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          変な春

 

  「あらっ、空は真っ黄色!きれいおますな。

  暑いと思ったら、何やら赤い色した風も吹いてきおった。」

 

  家の外からの声に目が覚めた。

  からだは重戦車のように重く、

  半死状態の脳味噌は

  世の末期症状もここまできたか、

  などと考えている。

 

  「雨ばっかしで、カラット晴れた日はなくて、なかなかフアフア気分になれまへんな。

  お偉いさん、失政ばっかしなはるから天帝はん怒りなはったとちがいまっか。」

 

  寝苦しさに汗までかいている。

  変な春。

  まだ四月なのにもう夏の陽気、

  そして、変な関西弁。

 

「外国の神様の子供はん、熱だしなはって、海水で冷しおったら、海の温度上って、えらいたいへんやと聞くし、この辺じゃ、火炎山からの赤い風吹きなはるし、黄龍はん、吐く息で空を真っ黄色にしてしもうた。」

 

  押せ押せの春。

  桜と一緒に若葉となり、あっという間に青葉となり、

  もう初夏を通り越して夏の緑。

 

  おじさん、時代の変化が早いから、天の帝さんもサービスで、

  季節を早回ししているのじゃありませんか。

 

「そうかもしれまへんな。天帝はんも呆れて、悪乗りしているかもしれまへんな。」

 

  やっと目覚めた体を起こし、外に出ると、誰も居ない。

  大きな杉の木が聳え立ち、空は黄色に輝いていた。

  一陣の赤い筋がやって来て、木の周りを大きく回転して、

  枝をザワザワと揺らして、去っていった。

 

'98 10th May  Mamoru Muto



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       雨の日はミントを一杯摘んで

 

    しとしと雨の降る日には

    ハーブの風呂を沸かしましょう。

    庭にはミントが大きな葉を広げています。

 

    強い香りはペパーミントにスペアミント

    軽い香りはレモンミントにパイナップルミント

    もう、心は高原のバカンス気分。

 

    長雨でべとべとする日には

    部屋中にお花を飾りましょう。

    そうそう、ミントも忘れてはなりません。

 

    ダンディーな香りはクールミントにオーデコロンミント

    可愛い香りはキャッツミントにゼラニゥムミント

    あらあら、心は映画のヒーロー、ヒロイン気分。

 

    むしむし食欲進まぬ日には

    野菜をいっぱい食べましょう。

    新鮮なミントは絶対必需品。

 

    軟らかい香りはヒソップにアップルミント

    ピリッと辛い香りはカレープラントにナスタチューム 

    ほらほら元気がモリモリ出てきます。

 

    じとじと思いが溜まる日には

    風鈴を下げ窓を開け放しましょう。

    そして、ミントのお茶に致しましょう。

 

    恋人の香りはレモンバームにキャットニップ

    愛の香りはペニーロアイアルにマウンテンミント

    そう、二人の心は花苑そのの夢の中。

'98 June Mamoru Muto

              

 注・全部僕の庭にあるものです。カレープラント・ナスタチュームはミント(和名 はっか)の種類ではありませんが辛さがほしかったので入れました。ナスタチュームは和名きんれんかですが、花を楽しむとともにはっぱはビリッと辛くサラダなどの薬味に使います。



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           裏方

 

      表があり裏がある


      水俣病の自主交渉の座り込みのころ

      渡辺京二さんと言う人が

      みんな裏方に徹しなさいと言った。

      それ以来僕は裏方の居心地良さを見に付けてしまったらしい。

      僕がステージの上で踊らなければいけないのに

      人の舞台の裏方を演じてしまっている。


      踊る人より側で見ている方が良く見え

      足らぬものを一つ二つ手助けすればいい

'98 5 June



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           雛芥子ひなけし

 

      梅雨前の初夏の川辺りに揺れるひなげし

                 

      19世紀末のある日曜日の

      セーヌの川辺の風景画。

      点描写された花々や草木の中に

      僕は風に揺る真っ赤なひなげしも見た。

 

      野球やサッカーの歓声や

      恋人達がじゃれ合う

      20世紀末の健康な多摩川辺りにも

      僕は可憐に咲くひなげしも発見した。

 

      突然、僕は軽い暈を覚えた。

      視界は暗くなり、

      風景は陰画に変った。

      しかし、ひなげしは赤い色のまま

      遠い記憶の風景が蘇る。

 

      野辺へ向かう葬送の

      列から見える風景の

      木々は大きく歪み

      草葉は泪に重く沈んでいた。

      だだ、ひなげしだけが

      軽やかに風に揺ていた。

     

      その時から、

      この花の色は

      マティスの赤よりも

      赤バラより赤く、

      ノルディーの色彩よりも

      彼岸花よりも澄んだ、

      この世で最も

      美しい赤となった。

 

20th June '98 Mamoru Muto



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        流されて

 

     窓辺の風鈴がチンチンと音を立てています。

    そよ風が草木をゆらしております。

 

     みずに流れる枯葉のように

     流れ流されここまでやって

     まだ沈まず流れております。

 

     糸が切れそうな嵐もありました。

     凍りつく冬の日もありました。

 

     大河に浮かぶ木の葉のように

     流れ流され今日までやって

     まだ沈まず流れております。

 

     死んだ猫を濡らす時雨れの日もありました。

     炎天のベットの上で寝る日々もありました。

 

    よどむ沼に沈みかけた木の葉のように

     流れ流され今日までやって

     まだ沈まず流れております。

1998



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        余生の後

 

      困った困ったああ困った。

      だって

      こんなに長生きするとは想定していなかった。

 

      余生で絵を描きはじめ

      老後のひまつぶしに新聞を始めたのに

      なかなかお迎えがこない。

 

      ああ困った困った。

      三十路一杯でこの世とおそらばと

      二十二の年に予定をたてたのだけど

 

      仙人の修業を始め

      もうとっくに天界に籍を入手し

      雲の間を飛び回っているはずなのに

 

      どうしようどう

      老後の老後を考えなけていけないなって

      ああどうしよう

      御隠居の御隠居を如何に生きるべき

      ああどうしよう。

1998



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             雲に乗って

 

         時に雲に乗り空を飛びたい

         故郷を捨て、親を捨て

         友を捨て、僕は空を飛ぶ

 

         風に揺れる稲穂の海を

         トンボとなって、

         僕は左右前後上下へ飛び  

         大きく舞い上がる

 

         ああ、絶対自由の、絶対彼方へ

         欺瞞のない無垢な私への飛行

 

Mamoru Muto '98 Aug. 24th

 

     現実は俗世のしがらみの中でしか生きられませんが、

     そうであれあるほど空想の中の仙人のように

     大気のなかを飛行してみたい。

     フリップ・モーリッツの銅版画に

     トンボにのって空を飛ぶ騎士(ドンキ・ホーテ?)と

     お姫様の絵があり、

     僕も何時かこんな世界で遊びたいと思い続けてきた。



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               前へ

 

         今日は半歩前に進んだか。

         僕は水に浮かぶ木の葉のような身だけど

         自分の足でちょっと前に進んだろか。

 

         波間に浮かぶ芥や流木のごとく

         俗世のしがらみに流れ流され

         何時沈むとも知れぬこの身なれど

         ちょっと自分の力で進んだろか。

 

         過去の間違いを悔やみ

         今日はただただうろうろするばかり

         明日へと流れる時間に逆らうことなど

         とてもできっこないのだけど

         でも、ちょっと夢のために働けただろか。

 

         夏の日に饒舌にはびこる緑も

         秋空の深まる頃には赤や黄に染まり

         北風に揺れる枯葉になるけれど。

         最後の最後になっても

         枯葉としての美しい飛び方を考えている

         僕でありたい。のだが。

 

 

5th Spt. '98 Mamoru Muto



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           子供

 

 いいなあ、いいなあ、いいなあ。

 保育園児や、幼稚園や、小学生の子供たちを見ていると羨ましくなる。

 だって彼らは、素直に生き、素直に表現できるから。

 駄々をこねるのも、甘えるのも、喧嘩をするのも何もかも

 自分に素直に表現しているから。

 

 僕だって記憶が在るから知っている。

 甘えていいときにしか甘えなかったし、

 泣いてはいけないときに泣いても、

 泣いてはいけない事だとは知っていた。

 子供だって、何時も最大限廻りを気にしながら表現していることを。

 

 でも、僕は

1998



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        延命

 

 皆さん、長生きしましょうね。

 スイフトは、ガリバー旅行記の中で

 不死族のボケ老人達を徹底的に皮肉っている。

 彼は世の矛盾を批判出来る健全なる理性、

 その著書の中で高らかに宣言した。

 でも、僕はボケでも生きているだけで素晴らしいと。

 そう思えてならない。

 

 遺伝子の分子構造がイギリスで解明されて半世紀、

 クローンが現実となり、理論的には不老不死は可能となった。

 近未来の在る時期、クローン技術で生み出された臓器移植が可能となり、

 脳細胞の点移植によりボケずに死なないことになるかも知れない。

 秦の始皇帝が憧がれた。不老不死が現実のものとなりつつある。

1998



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1998





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闇を探して


誰だったろうか。

近代の哲学者で

「もっと光を」と言って死んでいった奴が居る。


現代人は彼の言葉を真に受け

夜を真昼間のように照らし始めた。

驚いたのは闇夜に生きる

妖精や妖怪や狐や狸達。

あるものは強い光で姿は消え、

あるものは地中深くに住み処を変えた。


近代絵画は全能の神の光の国の中に

闇の発見から始まったと言うのに、

科学者達はその闇を明るい電球で照らし消すことが

自分たちの仕事だと勘違いした。


今は世紀末。

中世人は神の全能を信じたように

今は科学が全てを解明すると信じている。

しかし、人々の魂は

日夜働かされ続け疲労困憊してしまった。


ああ、今こそ世紀末。

そう、休息を求める心は

闇を求めたが見つけられず、

つくりものの安易な闇で眠る。


1999年、

本当の闇を失った人々は

本当の安らぎを見つけられず、

炎天のミミズのように

干からび、狂い始めた。


さあ、本当の闇を探しにゆこう。

昼と夜に分かれてから幾十億年、

この世の半分を支配せし処。

昼の魂が休み、夜の魂が遊ぶところ。

そして、不可思議な友達が住む国。


さあ、真の闇を探しにゆこう。

そここそ、傷ついた心を癒せる場所、

そここそ、僕等が心置きなく遊べる場所。


1998 31th/December Mamoru

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