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      光の春・・踊るためには早すぎて

 

 

     車の窓から差し込む光りの温かさに、

     暖房を切り外套も脱いでしまった。

     山々の北斜面には白いものが見え、

     開けた窓からはいる風は冷たく、

     光だけが春を演じている。

 

     心の硝子戸のうちでのみ赤くなった、        

     そんな少年の恋のような硬い春。

     もういっぱしの大人のように振る舞い、

     恋に恋している乙女の夢のような光。

 

     そんな初うぶな季節の光と影の峡はざまにも、

     時には、深い死の縁ふちが見えることがある。

     僕の姉も祖母も父もこの季節に死んだ。

     遠い北国のレモン色の光と白い雪の記憶。

 

     この光は、眩しい5月の木もれ陽へと成長し、

     影は、地下深いところで増殖して、

     花を散らす嵐となって立ち現れる。

 

     僕らも、植物や動物達のように、

     死の影に脅え、光に励まされて、

     命の踊を踊る外ないのかも知れない。

 

     日当りの良い畑の土手には、

     ひかえめな少年のように、白梅は清楚な花をつけ、

     紅梅のつぼみは、おませな少女の口紅のように可愛いらしく。

     寒椿は、濃い緑の中に真っ赤な乙女の匂いをただよわし、

     まるで冬枯れの砂漠のオアシス。

 

     丘の鎮守の木立の上を

     鳶が大きな環を描いた。

     まだ遠き春、

     風の寒さにキュッと縮まる体。

     でも、踊る心は芽生えはじめた。

29th Jan.'97 Mamoru M.



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        旅への誘い

 

   引っ越しも終わり、生活に落ち着きを取り戻すと

   また旅の憬れがつのる。

   冬空に輝くオリオンの三つ星は

   安住はいけないよと囁く。

 

   若い頃は寅さんに憬れて、

   小さな車に荷物を積んで行商して歩いたっけ。

   厳冬の那須の高原の空気はパリパリと音を立て、

   北斗は凛々と美しく瞬いていた。

   黒い鹿島の海から昇る月と、白夜の海に佇む

   ムンクの女の絵を重ねて楽しんだりもしたっけ。

 

   日常の価値は外の土地に身をおいて始めて分かる。

   夜どし開いているストアーや、遅れない電車や、女の夜の     

   独り歩きが出来る安全や、真面目で人の良い人々や。

   美味しい水や、綺麗に区分けされた田畑や、美しい山や森。

   何とまあ豊かな国住んでいることか。

 

   人の良い仲間に囲まれて、馬鹿ばかしい冗談を言い合い、 

   時々は真面目な話もし、このまま年老える貧乏暮しも、

   けして不幸とは言えないのだけど。

   むくむくとひねくれ虫が蠢き出す。

 

   人はどこから来てどこに行くか。

   時に哲学的になり、

   結論のでない問いがグルグル頭を廻り、

   鳥居の前で手を合わせてみたりするけれど、

   僕が悪いか、神々が意地悪か、

   堂々巡りするばかり。

 

   この世に楽園をつくろと、

   人は日夜まじめにはたらくけども、

   全体は見たことはなく、

   いつも造るのはいびつなものばかり。   

   ああ、仕方ない、仕方ない。

   たまには遠くにでも出かけてみようかと。  

10th Feb.'97 Mamoru M.



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        雨の日に

 

 

   しとしと軒をぬらす雨音が

   気だるい季節の始まりを告げた。

 

   あの病める色彩の紫も

   菖蒲や、あやめの

   シューと伸びた緑の葉や茎の精悍さに支えられ

   辛うじて、正常さを保っている。

   雨がその妖艶さを更に美しくしている。

 

   外は雨、今日も雨

   かってはこの憂鬱が、僕の故郷だったのに

   極楽トンボにマインドコントロールされ心は

   なかなか沈めこめず、中途半端に漂う。

 

   時にはいい、こんな時があっても。

   昨年も、その前の年も、こんな時があった。

   苦いコーヒーを啜がら、

   忘れていた日々を思い出す日があってもいい。

 

   と考える矢先、別の思いが突如浮かぶ。

   過去の物思いに浸るのは飽きてしまったと。

   新しい季節、と口から小さく呟こぼれ出た。

 

   梅雨の始めの雨はしとしとと

   何時晴れるとも知れず軒を濡らす。

   そして思いは、後にも戻れず、前にも進めず、

   中途半端に中空を漂う。

 

   今日、庭のハーブを竹炭の花瓶に飾った。

   部屋と言う部屋にすべて飾った。

   ほのかな匂いが家中に部屋に広がった。

 

   そして、もう一度小さく呟いた、

   別な季節へと。

   さあ、勇気を持ってと。

1997



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       雨の日に男は

 

   雨の季節は雨が降るのがいい。

 

   しとしとと軒を濡らす雨音の中、

   ワインは悪酔いしそうだから止めて、

   コーヒーなどを濃めに入れて、

   憂鬱に過ごすのがいい。

 

   デジタル化された情報の洪水に、

   もがけども、流され、

   己の才能のなさと、身の不幸を

   時には、ゆっくり嘆くのもいい。

 

   また、今、キラキラしている昔の同輩を、

   きっと、その内馬鹿をやり、すべてを失う。

   などと想像して楽しむのもいい。

 

   女性に、

   素敵ですねえとか、かわいいねえとか、

   無理なお世事は今日限り止めて、

   年上には、はっきりオバサンと言い、

   年下には、ガキのお遊びに付き合う暇はないと言う。

   そんな夢をみるのもいい。

 

   低級なTV番組とシンクロして

   極楽トンボになっている自分はしばし忘れ、

   今日は、バッハなど聴き

   哲学者や詩人のように

   世を憂う振りをするのがいい。

 

   そう、梅雨の雨の降る日は、

   独り、渋く決め、

   男の美学に浸るのが一番いい。

 

   すると、庭で雨蛙が、

   ケロケロ、ゲロゲロと

   高く、低く鳴いた。

1997



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            ロンド

 

      雨が降り、蝉が鳴き、季節は巡る。

      去年も、前の年も、その先の年も、

      春が過ぎ、夏も終わり、秋の風が吹く。

      でも、今年の風は少し違った匂いがする。

 

      久しぶりにあった友人は

      昔とちっとも変わらないのに、

      息子は父親より大きくなり、

      娘は母親より美しくなった。

 

      廻れ廻れ、

      季節が巡り、

      昨年と変わらぬ虫が鳴き、

      朝夕はめっきり涼しくなった。

 

      廻れ廻れ、

      全く変わらぬ貴女と

      ちよっと変わったかもしれない僕と

 

      廻れ廻れ、

      相変わらずの間抜けな僕と

      ちょっと素敵になった貴女と

 

      廻れ廻れ、月日のごとく。

      そう、この世はロンド。

      廻れ、そして、踊れ、

      そう、この命の尽きるまで。

1997 9/3 Mamoru M.



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              虚時間での遊び

 

      数々の思い出を引きずりながら

       今日の仕事に忙しく動き回わり、

        高架電車の窓から明日の雲を見る。

 

         朝、目が醒めると僕は死んでいた。

         コンクリートのように固められた体と意識

         除々に回復して僕は死んでいたことが分かった。

 

           明るい、初秋の午後の陽たまり

            揺れる木の影、風にそよぐ秋虫の声。

               突然、風が止まっり、

              時間も止まった、と感じた。

        そして、清い透明なものが

                   僕の体を通っていった。

 

      時の流れに          

          逆らうことなどできないけど、

                   

         ふと、虚の時にかくれんぼと

             遊んでみたい気分となった。

 ’97/9  Mamoru MUTO



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        偶然

 

    不思議なことだ。

    偶然の出合いが、新たなく偶然を生み

    今の必然に到る。

 

    アサヒビールの仕事にゆかなければ

    おみずに会わず、

    彼女の友達も僕のところに遊びにくることもなかった。

    また、ミュンヘンに寄らなければ

    Noraに会わず、

    洋ちゃんにも出会なかった。

    そして今、洋ちゃんとおみずの友達の佳誉ちゃんは

    不思議な出合いの必然の中に居る。

 

    俗事にあたふたと動き回っていた僕が居て 

    こんなことを考える僕が居る。

    けど、明日は何をしているかは分からない。

 

    だから、

    与えられた偶然は

    きっと、素敵な必然に到ると   

    勝手に決いいめた。  

  3th Decsember '97   Mamoru Muto



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