↑prev next↓
こうじ・麹、糀

 こうじは日本にしかない食品です。日本の気候と蒸したお米という製法が合体して生まれた食品だからです。
 古代、お米を食べるのには、甑(こしき)を使って蒸す方法と、土器や鍋で煮る方法のふた通りありました。蒸したお米は、おこわと言い少し水分が少なく硬めに仕上がります。この水分量が大切で、これに夏場の湿気の多い気候という条件が重なると、こうじカビが選択的に、お米に着くことになります。  乾燥気候の中国大陸では、蒸す製法はあっても、他の菌が繁殖する可能性が高く、生まれなかったのです。

 平安時代にはこうじの製法は確立しており、現在の日本酒よりもたくさんの種類のお酒が造られました。製法のレシビは残っており、再現すると、アルコールが強いものより、甘めの酒の方が多いとのことです。江戸時代、甘酒は夏ばて防止の健康食品として飲まれていたことを考えると、酔うためのものと言うより、体を温め、栄養を補う意味合いが強かったのでしょう。
 若い女性がお米を噛み、唾液のアミラーゼで澱粉の糖化を促進する方法は、平安時代にはこうじによる糖化に変わったようです。
 その後、こうじは、味噌を作り、醤油を作り、様々な漬物の味を整えて、味醂で甘味を作り、穀物酢と、日本の食文化の中枢を担うことになるのです。

2022.1.30. Mamoru Muto

 朝鮮半島、中国の糀
大麦、小麦、場所により様々で、更にデンプン質の食材を使いを水で練り、「クモノスカビ」を付着させ、デンプンの糖化を促します。火にかけない。米を使わない。カビの種類が違う等の違いがあります。
 最近はマッコリなどは、日本から導入した米糀を使うことが多いようです。

 甑・こしき
 中国発祥の瓦製の蒸し器です。そこに小さな穴が無数開いていて、お湯煮立てた土器の上に置き食材を蒸す道具です。東アジアで小麦を焼く、パンが一般化しなかったのは、蒸し器があったからです。
 日本も古く、縄文遺跡から出ています。
↑prev next↓