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罰があたる  



 最近、「罰があたる」と言わなくなった。しかし、罰にまつわる行動様式が変わったわけではない。日本人の行動を深い部分で支配しているのです。

 なら罰を与えるのは誰か、それは八百万の神々なのです。人間でない存在です。罰を与えるものが人間なら、人は人に隠れて不正を働く、しかし人間以外の精霊達なら、しかも彼らは人には見えず、何処にでもいるとなると、どんな場所に居ようと罰を意識せざるを得ない。

 車や人がいないのに信号を守ったり、誰も見ていないのにゴミを捨てずに持ち帰ったり、また工業製品の隠れた部分に手抜きをしない。日本人の行動は常に、人間以外の目を意識して形作られているのです。

 最近は環境という言葉で、論理的に説明されたりしているが、罰があたるという言葉で、大昔から、自分の行動を戒め、影の部分まで心を配ったきたことは、素晴らしい事で、後世に継承して行きたいものです。

2016.4.2 Mamoru Muto
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