春の小川
調布の画廊でやっていた、友達の絵を見てから野川に寄った。川には菜の花が最後の黄色の花弁を揺らしている。もう晩春。なんと優しく美しい風景だろうか。
都会の小川は一度死んでしまった、バブル景気以降でしょう、川の改修が市民手で行われるようになったのは。
思い起こせば長い時間がかかった。学生の頃、シャボン玉が飛び交う多摩川を見て、絶望した。人々は悪臭の漂う空気を当たり前、これぞ豊かさの象徴と勘違いしていた。
河原で遊ぶ家族ずれに、都会の川の半世紀が、脳裏でパノラマとなり流れていった。
2015.4.19 Mamoru Muto