ワンガリ・ マータイ 経歴

 1940年、ケニア中部のニェリの農家の娘として生まれ、アメリカ・カンザス州立大学卒業後、ピッツバーグ大学で修士号、ナイロビ大学で博士号(獣医学)を取得し、1971年にはナイロビ大学教授に就任した。1977年にグリーン・ベルト・ムーブメントを設立して植林活動を開始し、1986年にアフリカン・グリーン・ベルト・ネットワークへ改称後、アフリカ大陸全土で植林活動を行い、民主化や持続可能な開発の推進に取り組んできた。

また、独裁政権下にあったケニアにおいて、公然と政権を批判したことで数度の逮捕と投獄を経験。活動に熱心になり過ぎて離婚させられた経験ももつ。1997年にはケニアの大統領選挙に立候補しようとしたが、所属政党の説得により断念。2002年に国会議員となり、2003年から環境・天然資源副大臣を務め、ケニア緑の党を設立して代表も務めている。
-ものについて-

 物部もののべ氏は石上神宮を累代奉祀してきた。物部氏は軍事を司り、この神宮は武器庫であったとの記録がある。 物部氏は天皇家が大和侵入以前から勢力を張っていた。十種神宝くさのかんたから(布留御魂大神)を用い独自の「魂振りたまふり」と「魂鎮めたましずめ」の宗教儀式でその権威を保っていた。

 物部の「物」の本義は魂であり、「魂振り」によって魂を奮い起こし「魂鎮め」によってその荒ぶる魂を慰撫した。この神事によって物部は武力をもって朝廷に仕えることができたのであろう。「もの」は真に霊魂であるが、大和三輪の大物主神おおものぬしのかみは古来日本人に恐れられた。「日本書紀」と「古事記」によると神武天皇東征以前に大和の大酋長・長髄彦ながすねひこ等が崇拝していた大物主神とは、文字通り偉大なる魂の持ち主という意味であろう。

 大物主命が奉られている出雲大社伝によると、出雲のイツは「厳イツ」であり、モは「もの」である。要するに霊魂のことであり、イズモとは「厳霊」(厳おごそかな霊)という意味だ。

 そして、武力の「物部もののべ」は「武士もののふ」の語源になった。後世「もののふ・武士」とほぼ同義語になる侍は、貴族に「さぶらふ」者から「さぶらひ」即ち「さむらい」に転訛した。