乱蘭通信217号・思い出すまま
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ウナギの蒲焼
土用の丑の日には「う」のついたものを食べる。真夏の始まりにウナギの蒲焼を食べる風習が始まった。今や、外国人こ観光客にも大人気で、今や日本を代表する料理になっています。
しかし、それを促したのは、江戸時代の平賀源内ということになっていますが、源内は現在のような、蒲焼を想定していたわけではありません。彼がやったことは、店主に頼まれて看板の字を書いたぐらいなのです。ウナギはドジョウの兄貴分と言った存在で、当時は美味しいものではなかったのです。川に行けば誰でも取ることができた、魚だったのです。ドウジヨウの方が圧倒的人気があったのです。
何故か蒲焼というの?源内の頃は、ウナギをぶつ切りして、串に刺して焼き、粗塩かけて食べていたのです。その姿がガマの穂のようだったので、蒲焼と言ったのです。脂っこい大きなどじょうという感じだったのです。あら塩だけの味付けで、そんなに美味しかったわけではありません。しかし、その後の調理の仕方の変化で、美味しい食べ物に変わったのです。
消防車、救急車 子供の絵 1 日の出イオン
まず、ウナギを開き、平らにしたこと。次に、醤油、味醂で味付けしたこと。この二つが大きくウナギに変化を与えました。当時はこれを「筏焼き」と言っていたのでが、時代が降ると、丸焼きウナギより、甘みのある筏焼きの方が人気になり、丸焼きは徐々に廃れて無くなってしまったのです。しかし、「蒲焼き」の名前の方は残り、「筏焼き」は人気が出たにも関わらず、名前は「蒲焼」と同化してしまったのです。面白い逆転現象です。
なお、平賀源内が貢献したのは、ウナギではなく、サトウキビの生育と和三盆の生産を安定化です。サトウキビは江戸時代初期に入って来ていましたが、生産は不安定だったのです。源内は讃岐の出身ということもあり、サトウキビの生産の安定化に努力しました。お陰で日本の砂糖、和三盆の安定供給を実現する事ができたのです。
消防車、救急車 子供の絵 2 日の出イオン
温暖化対策
技術、コスト面で目に見えて来ました。
自然エネルギー、風力、地熱、太陽電池、水力が、技術、コスト面で、化石燃料、石炭、石油、天然ガスエネルギーより低コストが実現できたようです。二酸化炭素による温暖化に対する根本的対策が可能なったのです。
まだ確かに問題も多くあります。一つは送電線を新たな電源用に、引き直す必要があります。
太陽電池などは、一定年間経ったら取り替える必要があります。
それらの経費、出来るところからやってゆけば良いわけで、急ぐ必要はありません。
温暖化が始まったのは、産業革命からです。長い人類の歴史のほんの二百年前からです。地球には膨大な太陽からのエネルギーが降り注いているわけで、人類はそれを有効使っていません。
太陽電池の変換効率も年を追う程に向上しいます。蓄電能力も同様です。まあ百年あれば、人類の使うエネルギーの七、八割は、自然エネルギーで賄えます。二酸化炭素による温暖化の阻止は目に見えて来ました。
消防車、救急車 子供の絵 3 の出イオン

米不足、政府認める。
八月入り、お米の高騰は米不足だったと政府が認めました。背景は単純ではなく、我々日本人のコメに対する認識の変化に、農水省、農業などがついてこれなかったということです。
1970年まで高度成長期までは、「白いお米であれば、美味しさはさほど重要でない。」というのが主流でした。それから1990年のバブル景気崩壊までは、ほどほどの美味しさあればそれで十分。という風潮でした。農水省が基準として来たのは、この頃の国民の認識です。お米の選別で、小粒のお米も合格ひとして、計量してきたのです。毎年農水省が出す作況指数もこの基準による、総量です。
しかし、問題はバブル崩壊後のお米の流通の段階で、「白いお米」から「美味しいお米」へとお米はに対する認識が変わてきたのです。選別の基準も小粒の米は排除される様になったのです。この選別の違いだけで、一割から二割のお米の総量の違いが出てきます。しかし、農水省は古い基準を改めていませんでした。故に今回の米騒動は農水省の古い基準と、流通段階での基準の違いから生まれたのです。銘柄米は不足し高騰したのに、役人は古い基準で計ったの総量はたりているわけですから、コメ不足を認めなかったわけです。
コメの高騰は、時代の変化についてゆけない、お役人の不手際な判断から生まれたものです。
僕は日本人が「白いお米」を食べる為に、どれほど長い年月(二千年以上)待ち望んできたか、また、苦労を重ねてきたかと、日本人とお米の関係を考える時、今回の高騰問題を簡単に素通りは出来ないのです。
福生商店街のタイル ほたる
前方後円墳、古墳のもたらした意味。
何故古墳時代、エジプトのピラミッドにも匹敵する、巨大なお墓が作られたのだろうか。当時の王、支配者の威厳を示す為だろうか?
ピラミッドは長く奴隷により作られたと、信じられていました。しかし、実際は農民の失業対策が目的だったと、現在の考古学では修正されています。洪水被害時や農閑期に、農民に仕事を提供し、食料を分け与え、農民の疲弊を回避のが大きな目的だったのです。
同じことが日本の古墳にも言えます。弥生時代から始まる日本の米作は、古墳時代に本格化するのです。保存が効き、他の穀物より美味しいお米は、人々から喜ばれたのです。
コメ作りには大きな問題が孕んでいました。水田作りには水が不可欠です。しかし毎年安定して水を供給出来るとは限りません。そこで考え出されたのは、水田耕作の為の、池です。貯水池を設け、水の供給を安定させることです。古墳の周りに作ららた溜池が、古墳作りの一番目的であり、当時の支配者のお墓や儀礼やお祭りの広場は、二次的なものだったのです。
古墳作りのには膨大な労働力が必要です。農地が増え、お米の生産が増え、農閑期の失業対策となれば、農民達は積極的に古墳作りに参加したのでしょう。強制的な奴隷労働では、作業効率も悪く、古墳を作り上げる労働力は確保出来ません。農民の積極的な参加なくしては、不可能です。
巨大な古墳と、その周りに膨大な水田を開拓することにより、大和政権は経済力を増して行きます。政治的、軍事的に、他国を支配する力を得たのでしょう。そして、大和政権の他国に対する優位性が増し、盟主としての大和政権の安定へと繋がったわけです。大きな戦争はせずに、日本を収める政治力となったわ収めることが出来る政治力となったのでしょう。
SNSより拝借 富士山傘雲

水俣病とお米文化
僕が二十代関わった水俣病は、お米文化と大きく関係があります。日本人が毎日「白いお米」を食べられるようになったのは、明治以降で、二千年以上続くお米の歴史で、本のごく最近なのです。
お米には連作障害という問題ごあり、地味が痩せるとお米が取れなくなり、一二年休まなければなりません。人々が毎日、白いお米を食べる量は収穫出来なかったのです。
古代の貴族やお坊さん、江戸時代の江戸に住む武士や庶民は、特別だったのです。他の庶民は、白い米はお祭りの時だけ、平日は、他の穀類と混ぜたご飯、野菜など入れた雑炊がが一般的な食事でした。
明治以降、工業化により豊かになるという事は、毎日、白いお米を食べる事と同じ意味だったのです。そして連作障害の問題を解決したのが、チッソという会社です。化学的にチッソ肥料を生産し、足らなかった肥料の補填する事ができたからです。
水俣病が多発したのは、1950?60年代です。高度成長で人々は毎日白いお米を食べるようになってからです。お米の生産上げるために、チッソ肥料は増産され続けたのです。
1950年代水俣病の原因はは大方突き止められていました。チッソ会社の排水に原因があると。しかし、白いお米を食べたいという、国民の要望に、行政も国も対策を放棄したのです。
50年代は水俣港周辺の漁村だけだった被害者は、不知火海全域広がる事となり、患者も二桁三桁、十万人以上規模に膨れ上がったのです。
水俣病の加害者は、チッソ、行政だけではありません。日本の国民全員が加害者なのです。白いお米を食べたいという願望が、水俣病を引き起こしたのです。
お米の嗜好の変化が大きい
一時は備蓄米の安値放出で、値段が下がり始めたが、新米が出始め、新米の高値釣られて、平均米価が上向きになってしまった。まだ新米は出荷量が少なく、高くても食べたいという消費者の欲求によるものです。
お米は日本人の基本的な食料ですが、概念が変わったのです。「美味しいお米」が価値の基準になってあるのです。昔は毎日食べるものなので、ほどほど美味しさがあり早く、銘柄米や新米は特別なご馳走で特別な時のものだったのですが、「今は毎日食べたい」に変わって来たのです。
去年からの米価高騰は、実質的な米不足と、この嗜好の変化が大きいのででしょう。こうなると米価を安値に落ち着かせるのは難しい。新米が大量に出てくる十月、十一月にならないと分からないが、備蓄米や輸入米を安く店頭に並べても、米価全体を押し下げる事が出来ないかも知れない。
え・ちえ

アメリカ国債―アメリカと日本との経済関係
現在、日米はアメリカの同盟国の中で最強の関係でしょう。大統領がトランプでも、バイエデンでも基本的には変わらない。何故か?
政治体制が基本的に同じであること。次に、日米軍事同盟があること。そして、アメリカ国債の最大の保有国が日本であることです。
今年に入り、今までアメリカ国債の最大の保有国であった中国が、アメリカ国債を少しずつ売っている事がわかり、二番目だった日本が一番の保有国になった。日本政府は中国のようにアメリカ国債を打ってたりはしないと、アメリカ政府に伝えてある。これこそ、アメリカ政府にとり最強の安心、保証なのです。
関税交渉でも、15%の相互関税で収まったが、当初から予定された比率でしょう。アメリカ政府の財政基盤を支えている日本に高関税をつけるはずがないからです。関税政策でも、日本との関係が他の国々との関係の基本となるからです。
トランプ、関税政策
トランプが就任して半年経ちます。世界を驚かせている「関税政策」こと先どうなりますか?トランプが何故始めたかというのは、慢性的なアメリカの貿易赤字が一番の理由です。なら関税を高くして、安い製品がアメリカ国内に流入するのを防ぐ、という単純な理由からです。
アメリカ憲法では、関税の決定権は連邦議会にあります。しかし緊急時には、大統領が決めて良いという、特別枠があります。アメリカの貿易赤字は、この緊急時にあるというのが、トランプの解釈です。
連邦下院裁判所では、トランプの解釈は緊急時に当たらないとして、関税政策の憲法違反と判断しています。しかし、保守派判事が多数占める連邦最高裁判所は、まだ判断下りていませんが、合憲とみなすだろうという予想の元、この政策は進められているのです。最高裁判所が違憲と判断する可能性も残っています。時は全て、議会の賛同を得る必要があります。
トランプは関税によるアメリカ政府の膨大な収入については、派手に宣伝していますが、アメリカ経済に与える影響について、明確には述べていません。専門家の分析では、好景気とり否定的な見通しがたくさん出ています。僕も、否定的な感じがします。
一つは、相互関税により、世界の貿易量が減ります。アメリカ経済にも、いい影響は与えません。二つ目は、アメリカ庶民やアメリカ企業にとっては、外国製品が高くなり、消費が減る事になります。これもアメリカ経済を押し下げる事になります。
なにやらイギリスのEU離脱と、同じような結果なるのではないかと、僕は見ています。
EU離脱により移民の流入はは抑えられました。しかし、彼らがイギリス社会の底辺を支えていたという事実を見逃していたのです。彼らが担っていた経済の底辺仕事は、一般イギリス人はやらないわけで、人出不足に陥ちいり、経済がうまく機能しなくなりました。
そしてまた、TPPには加盟しましたが、地球の反対側です。EU諸国との貿易の代わりにはなりません。EU諸国とは税関という関所が生まれ、厄介な経費や手続きが必要となり、経済の足を引っ張ることになったのです。したがって、イギリスは不景気に喘えぐことになったのです。
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