上は、71年12月に始まった座り込みも、膠着状態となり、僕らもやることがなくなった。明けて72年一月から、僕らの中心メンバーだった。真板さんが中心なり作り始めたチラシ。新橋の事務所でガリ版刷り、作り、朝みんなで東京駅でくばった。
 下は、そういうものをまとめた小冊。真板に僕も何かやることないかと言ったら、「おおあるある、武藤は資料の管理。」と、僕はこんなものを売ったり、全国に発送する仕事を任せられた。
 真板さんも面白く楽しいキャラクター、天然パーマのアフロヘアーでね。農大の生物学者の卵だったのでが、いまだに牧野植物図鑑を使っているのは彼の影響です。


 年上の人から「餓鬼の群れ」とは言うけど「施餓鬼の群れ」とは言わない、と指摘されたけど、若さでしょう、「ほどこと」を沢山やることとかだ、とかいう屁理屈で押し通してしまった。