「姓」について
 余談ですが、こんな小さな村と外からやってきた下級武士との関係でも、日本的特殊性が現れています。モンゴル人が漢民族を支配するとか、ゲルマン系の王朝がケルト人を支配すると、言った大陸の多くの王朝の支配形態とは違って、日本では民族的宗教的違いはありませんでした。武士は積極的に村人との融合をはかり、姻戚関係などで姓を与えたり、または支配地の地名を新たな姓として名乗ったりしたりしています。便宜的に「姓」を変えているのです。そんなわけで、戦国時代までに農民が姓を持つのが普通になっていたのです。世界からみて日本は圧倒的に「姓」の種類が増え、理由のひとつです。異民族との葛藤のある中では、「姓」は変えないのが普通です。「姓」にたいしてより深い民族的、宗教的アイデンティテーを求めたからです。
 日本では300000種の姓があります。お隣の朝鮮半島では200数十種しかありません。日本では「源氏」「平氏」といった由緒ある姓でも普通それを使わず、地名に由来する姓(名字)を使うようになった。李氏朝鮮王朝時代、両班制度が形骸化する中、姓をもてない農村が両班を名乗り姓を持つようになる。でもけして新しい姓を作らないのです。かっての王族の姓である「金」という姓を誰で彼でも名乗るようになる。勿論血縁関係とかそれなりの根拠はあってのことですが。同じような現象が日本では平安末期から鎌倉時代にあったが、日本では便宜的な姓「名字」方を多く使うようになり、元々の源氏や平氏や藤原の姓の方は忘れ去られることになる。朝鮮半島ではけしてそのようなことはなかった。