prev top next

   猫・ミミの絵 
 韓国ドラマブーム
 美男美女とちょっと考えばありもしえないストーリ、三十年前の日本の青春映画の韓国版。二日本中の中年女性達がチャーチャーいっている。嘘でもいいからそうあってほしいと言う願望なのだろが。なぜこんなに馬鹿騒ぎしているのかよくわかりません。
 でもうれしいことです。政治がどうの経済がどうのということより一番は、みんなが行ったり来たりして親しみを感じるかということです。日本人と朝鮮人が対等のつきあいがやっとできるようになったと言うことです。当然のことです、兄弟の民族です。喧嘩しているのがおかしいのです。
 三十年前というと僕の青春の頃、まだ差別とか根深くあって、右翼の学生が朝鮮学校の生徒を襲うとかいう話が時々あった。「朝鮮人」と差別的な口調で話す人もいた。女性達が日本の男達になくなってしまった、礼儀正しさや逞しさや、優しさに憧れたとしても不思議ではない。韓国は、徴兵制があるし、儒教の倫理も強いし、そういう理想的な幻想を作ることができる社会基盤がある言うことですが。
 でも僕にはわかりません。
 
 連日の報道で少しずつチャーチャー言っている人々の正体がわかってきた。まじめな主婦、生活も安定して、子供も手がかからなくなった、若い頃、映画スターやクループサウンズやロックの歌手の追っかけをやったりの遊びをしてこなかった人々と言うことがわかってきた。いいじゃないてすか、健康的で。馬鹿な教育ママになったり、はたまた不倫に走るよりは。
 豊かになったのです、健康的に遊んでください。人間多方面から見れなくなったらおしまいですよ。
 
 若者だけでなく、叔母さん達が韓国のスターにキャーキャーするとはすばらしいことです。古代から中世にかけての千年以上、朝鮮半島は常に先進的な文明を日本にもたらす先進国であった。ここ百五十年その立場が逆転した。その優越感や差別と言ったものがやっと市民レベルでは解消しつつあると言うことです。やっと対等になったのです。すばらしいことです。もっとも近い国として、ともにあると言うことの基礎ができつつあると言うことです。
 
 僕は韓国という言うとどうしても違和感を感じることがある。日本に居てもそなのだが、それは「儒教」という倫理観である。はっきり言って嫌いなんです。特に「忠」という言う概念が、忠臣蔵なんてどうしょうもなく嫌いなんです。一言言っておかないと。
 
北朝鮮
 北朝鮮からの遺骨が偽物だとわかって、やっと制裁が必要と日本人も拉致問題の根の深さに気づき始めてきました。拉致は軍や諜報機関のやったこと、軍は北朝鮮の体制そのもの、北朝鮮が解体しなければ解決しない問題です。と僕は思います。そして忘れていることが一つあると思うのです。「日本人の誘拐」という問題だけでみんな怒っているけど、大切なのは日本人だけではない。「人権」全ての人の人権という視点で進めないとうまくゆかないと思います。
 中国に逃れた北朝鮮の人の亡命を認めないようではほかの国の人には根のとこで理解されません。太平洋戦争時の北朝鮮出身の軍人軍属の遺骨がまったく手をつけられていないとか、普遍的な視点で法律の改正などしないと、世界にアピールできないと思います。アメリカの対北朝鮮人権法案は今後北朝鮮問題で大きな力になります。この点はアメリカのヒューマニズムをとても評価しています。ばかばかしいイラク戦争は、宗教や、石油利権やこれまでいきさつやがあるだと思いますが、新大陸に追い出されたヨーロッパ賤民丸出しの行為です。
 制裁はするけど、国際援助機関を通して、トオモロコシの粉、家畜の飼料とか最低の食料だけ援助する。とこいうような知恵が日本の東大出のおぼっゃん役人ができますかどうか。餓死する人はそんな食料も手に入らないから餓死しているのです。長期保存や転売のできない最低食料なら最下層の人に届きます。日本の米や麦なら困った人には届かない、党や軍や闇市場に流れるだけです。人を殺さない制裁を考えてほしい。そして、もっともっと人権と言うことが世界論まで高めてほしい。中国政府が、脱北者を追い返すことができなくなり、体制が自然崩潰する。それが一番いいシナリオのような気がします。中国も北朝鮮も日本やアメリカとは今までいきさつで、感情的に物事に反応してしまうけど、おそらくヨーロッパなどの国々からの批判には冷静に反応するような気がします。なんか僕は国際社会に対するアピールが足らないような気がしてなりません。
 ここ二年間、拉致問題で日本人が学んだことは、今までまったく注意を払ってこなかった、隣国北朝鮮の実情です。南の人々とは近い友人としてやってゆける何かが見えてきたような気がします。北の人々とはこれから始まったというと言うのかも知れません。
 


 峠道のそば屋
富士山には半月に一ぺんは行く、その時よく秋山村から道志に抜ける林道を通ることが多い、もちろん交通量などほとんどない。そんな峠道にそば屋を発見した。
提灯が一個掛かっているだけ、大きな声で「ごめんください」と叫んだのだが、何の返事もない。どうも日が沈まないと営業しないらしい。夜になると提灯が灯り、毎夜毎夜山の名士たちが集まりなかなかの人気らしい。狸囃子で盛り上がっているときもあると言う。ぜひ一度僕も、ここのそばを食べてみたいものである。
 

prev top next