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塵の目に









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そして缶は立つ





 缶が通りの真ん中に立てられた日のことを、誰が憶えているだろうか。遊びの輸の中心に置かれ、鬼に守られ、子らに蹴られ、カンカラと高い音を響かせ道端を跳ね転がり、追われ拾われ幾度も辻の舞台に据えられた、あの缶蹴りの時を。
 いつの頃だろうか、路上の王国から土が失われ無力な小さき人々は消え、そんなユートピアなどもともと存在しなかったかのように跡形もなく埋もれていったのは。まぼろしの領土が瞬く間に車という文明に征服されて後、過ぎ去った咋日を振り返らない成長期の子らは、明日の向上をめざして新しき世界を歓迎した。速やかに、残った空き地も欲の文明に引き渡され、所有が無所有を排除し、子らは公園という保護区ヘ。同時に、子らを家の外よりも内へ留めることになったテレビなる魔法箱が遊戯国の減亡を早めた。加えて、文明に遅れないために、より先を駆けるための塾なる走路へせきたてられ、さらに支配者によってあてがわれた品物に溺れ、居留地を指定され・・・・・、槍や缶がどうして機関銃や動く絵の魔術に対抗し得よう。
 あの子たちは青年の時期に、文明の傲慢に反抗して「花はどこへいった」と歌った、しかしかれらのなかの一人として缶の行き先を尋ねる者はいなかった。
 『缶は何処ヘ』たかが惨めな屑鉄、目然の仲間ではなし、きたならしく錆びちぎれ、いずれ風に吹き飛んだか塵にか.えったか。
 遠い日に、子らとともに傷つきへこみ、草むらや路地の隙間に隠れるようにそれぞれのかたちを横たえたものが、今は一瞬にして轢き潰され一様に枚状、いきなり廃棄物の非情。
 そう、忘却の氷に閉ざされたのは缶だけではなかった、鬼もあれ以来どこにも居場所を無くし、さまよっているのだった。鬼の呪いを解くには、なんとしても忘却の缶をまぼろしの原に立てなければ。たとえその缶が惨めたらしく潰れていようとも。         貝野沢 章




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