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●目は滲むことじたい。一抹の目からする。
●限った向うが、水か、空か。
●自分が死んでいることに気づいていない死者のまなざし。
●仕立てた壁面を水面に返す。壁面から壁面へ声がめぐる。どの隅なりと住む。壁面を声が伝って水面に通る。声が通って水面は尽きる。声を尽して水は移る。
●そよぎの頂上。
●一椀を空けて、口笛のようなものが通りぬけ、置こうにも、ここが亡い。椀を返す方はなく、致し方なく、椀に返る。返って椀は揺るぎない。椀はここを空けたのだ。
●人を銘々の危機に委ねること。予め危機を奪おうとすること。いずれが人間的か。 ●左右対称なものは、どちらか一方を一時的に消しておくことができる。正中線が公私の境いめである。
●隣は横ではない。私が横だ。
●わずかにずらしてじらすこと、そのずれにおいてさまざまに呼吸を試みることを、相互に奏でるのだ。聞き入ることと聞きとどけることを重ねるようにして、身の抜き差しを、きわまるように、きわまりないように、押しやってゆく。
●寸前寸後。千々に調う。
●無駄のなさを貪る。
●逃げ潮。風が裾から逆らいはじめる。 ●一度見たものをもう一度見る。しかもまるで似ても似つかぬものとなっている。これは死者のまなざしではないのか。似ても似つかないのはこの眼ではないか。
●からだはおくれることでめざめる。
●わずかな燃えさしに、逆さまの滝がはるかに立ちのぼる。遡ることじたいに時は生じている。時は何ものかへの(時それじたいへの)逆行にほかならず、われわれの順序は逆さまに生じるのだ。
●私は待つ。幾らでも待つ。そうやって次第に気づくのは、世界は待たないということ。誰もが待っているのに誰ひとり待たないということだ。朝は早い。朝は朝に対してさえ早く、朝でなくなってしまえばもう遅い。のぼってゆく日をいっぱいに浴びて、私は片時でも、夜明けだろうか。
●傷は加速させる。
●写真は真を写すと謂う。必ずしも生死を問わず。
●すべての写真は遺影である。
●死者の写真。写った者はいずれ死ぬ以上、皆あらかじめ死者にひとしい。だが、死者のための写真という発想があるはずだ。死者が見ている。死者のまなざしのための写真。写ることが埋葬にひとしいならば、 墓に宿るまでの宿りと、写真への宿りと。写ってから見る、見てから写る。写真が墓なら墓は写真か。死者を記念したつもりが、死者が記念になり、やがて記念が死者になり。死者はどこに宿る。だがその前に(あるいはその果てに)、死者に宿るものは何か。写真そのものが死者なのではないか。死者が何かに宿るのではない。死者にあらゆるものが宿ってしまう。宿りの無際限において死が風化する。風と化すのではなく、風通しと化すのだ。死を一切が通行する。交通する。居住ではなく交通へ宿ることで、死者ははじめて死と化す。
●常駐であることが反逆である。恙なく日々を勤めることが反逆である。死なないことが反逆である。いや違う。反逆は流れる。反逆への反逆によって不住となり無常となるのではない。流れないことが不住であり無常なのだ。すなわち死が。死は勤めではない。死は確めない。死は常駐ではない。死はいかなる反逆でもない。ゆえにかろうじて反逆への反逆と呼べるか。だが重ねた反逆は反逆ではない。常駐である。打ち消し難く打ち消して、ただここから遡る。逆行のほか流れか たはない。死はたちまち生じ、流れの終りは流れに呑まれてしまう。生き死にが何か。粉々になって流れてゆく。流れていることを忘れてしまう。


●水面がねむると目覚める。
●旅はからだを経ることだ。ほかならぬ私だ。このからだを私が経めぐるのだ。からだが旅する覚えに捲かれることなく、からだを旅する。私は今日、からだにめざめたか。からだを世界として明けはなったか。
●明るいとは言わないが、言わば取るに足らない、無頓着なものの発露が時代に灼きついてはなれなくなる。
●からだに立ち入ってからだを見失うか。からだが立ち入ってからだで見失うか。一石を投じる。投じる先も、投じる身も、一石。
●食い止める。この身が行き止まりということか。食った以上、終りは一身にとどまらず、もはや終りではない。
●終ってから聴く。それは終りを聴くにひとしいか。終るのは自身がか、聴くがか、の心地ではなく、終りは自身を束ねず、聴くを束ねず、何物をも束ねない。束ねえぬものは倒れない。倒れないものは流れない。あるいはそもそも流れているから倒れない。傾けきった耳は倒れたにひとしいか。聴くことの終りは終りを聴くことへと安んじて明け渡される。終りは終りを聴くものだ。聞き届けるというようなことではない。ただ聴く。もはやどこでもない。どこからでもなければどこへでもない。終るとはそういうことだ。世界に終りはない。世界とは「終る」の絶えまなさ、果てしなさだからだ。終りに際し、おそらく私は、聴くのを終えるその終りを、今度は自分が聴かれる番だと思うだろうが、そもそも始めから聴かれていたはずなのだから、聴くことの全ての旅程を終えることで、世界に生まれ世界と出会った私は出会いを完うする。それが世界だ。終りが世界なのだ。世界とは、世界まで世界を聴くことであり、終りとは終りが終りを聴くために入れ替ることにほかならない。私が聴くとき、聴いているのは世界である。
●ここは最果てではない。ということが、最果てを凌駕する。最果てよりもさらに、ここなのだ。
●反るということ。表と裏で乾湿の差が甚しくなる。
●稲妻を答えよ。地が天へ墜落する。それが迎えかた。迎えて地が立つ。すなわち天の亀裂。迎えて天が落つ。すなわち地の亀裂。裂けての恵み。果てなし。亀裂に天地賑わい、すなわち生い繁るものに呼吸はみのる。立って繁り、垂れて実る。落ちて広がり、裂けて晴れる。先ずはわが身の口から裂けよ。
●皮膚のそよぎが及んで耳は澄む。耳は皮膚の余り。中心は余り。
●飛び立つとき、羽ばたきのさなか、前後と上下はどのように入れ換るか。瞬時にして。
●身を上下に分かつ習わし。身に帯びるものにおいて。身に帯びる社会。身に帯びる制度。身に帯びる法。
●前後に裂けている。
●塩の群がり。融けかけているようでも、結晶しなおしているようでもある。結晶に雪崩を導入する。
●呼吸すれば、奥深くから隅々まで稲妻のそよぎと韻きがめぐり、身は発達へ発達する。すなわち裂けた流れへ裂けてとどく。身を横たえて呼吸を立て、呼吸を横たえて身を立てる。呼吸が深く帯電する。書き順に磁力が増す。
●流れを包んで包みが励む。流れを包んで流れが励む。どちらからにしろ息は血の摩擦である。
●からだの使い途に一条のけものみちをつくっておく。
●空くのを待つ。待つを空ける。明けるのを待つ。待つが明ける。
●事後にせせらぐ。

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