pre top next

  フォアグラにて        

こまきもみじ

 

 結婚式には行きたくないものだ。断わりきれないときはなにか楽しみをみつけてその場を乗り切るしかない。インターネットで調べるとフランス料理が15000円もするらしい。食べたいとは思わない。しかし食べなければえらい損失ではないか。3万円のお祝い金だって不本意といえば言える。                    

 それだけではない。6月の梅雨時に何を着ていけばいいのだ。式と名がつけば普段着というわけにはいかない。といってあまり格式張るのも不本意だ。洋服は黒であればいいのだけれどサテンなどの方がいいかと思う。リサイクルの店にいってみる。袖無しのワンピースでデザインが私にぴったりの、品がよく、優雅なひだがいっぱいの若々しいのが見つかった。値段はひと桁も安い6000円。サイズはなんとか入った。問題は腕が少し太く見えることだ。そこでシルクのストールを買うことにした。それは伊勢丹で8000円であった。ほかには13000円のビーズのバッグをリサイクルの店で4000円で買うことができた。真珠のイヤリングは横浜元町まで行って気に入るものを探した。やはり真珠がいいと思う。しかし、本物である必要はない。たぶん今回限りで私が真珠のイヤリングなどというものをすることはないだろう。シルクのストールにせよ今どきこの日本という国を憂えば実に不本意の極みである。年金も医療も介護保険もどうなるんだと思いつつ、それでも楽しくなってくるから情けない。  

 とにかくフランス料理を食べに結婚式に出かけることになった。最初はウニの何とかかんとかだった。なんだこれは。まずい。わたしはかつて、青森県の六ヶ所村に反原発の立場で、ビラまきに行ったことがある。4月だというのに吹雪で、貧しい村の海沿いの道は、風が強く傘は吹き飛び、ビラを配る手もかじかんで家々のポストもさびて凍てついていた。地図をたよりにたどりついた食堂で、仲間と合流しだるまストーブを囲みビールを飲み、食堂のおばさんが惜しげもなく出してくれたウニを食べた。甘くとろけて海のにおいがして、反原発漁師のおじいさんが満足げに笑っていたあのウニほどおいしいウニはない。

 私はこれでもなぜか調理師の免許を持っているのだ。さらに言えば生協活動歴20年、ただ食べるだけの組合員だったことはない。環境や安全にもうるさいのだ。牛肉のレアのなんとかステーキは食べなかった。だいたい私はベジタリアンなのに野菜がでない。デザートは自分で取りに行けだと、なんだよ、メロンの切り方がせこい、マンゴーはおいしかったがマンゴーがえらいだけだ。結婚式だろ、まったく誰がもうけているのだ、損しているのは若い貧乏な労働者の男と女ではないか。親がだしているらしいが赤字にならないことを願っている。まったく誰かがこのまちがいを正すべきではないのか。しかしワインがおいしかったことは否定できない。

 フォアグラはまずいとは言えないがおいしいとも言えない。初めて食べたのだがブルーベリーのジャムのようなソースがかかっていて、向こう側のイチジクのなんとか煮はたぶん冷凍だ。イチジクの味が消されている。だいたいイチジクなど庭で食べきれないほどはじけていたものだ。私が子供のころ、庭には桃の木、梅の木、野菜畑もあった。豊かさとは人それぞれの価値観によるとはいえ、貧しかった少女時代、たべものについては感動しながら新鮮な野菜と果物を食べていたものだ。生きることの大前提は食べることにつきる。気がつけば私もフォアグラではないのか。      

 雨の中、疲れ果てて駅からタクシーで帰り着くとすでにおなかがすいていた。発泡酒をコップについだ。風邪がいつまでも治らない。のどが痛い。

pre top next