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サロン・ド・満福 お福分け
始末記

岸 正美

 

 友人の日本舞踊家、若柳雅康さんのイベントで、「分福茶釜」で有名な、茂林寺の住職さんを車で送り迎えする手伝いをした。狸の形をした茶釜を運んだり、いわれを聞いたりするうちに、「お福分け」という言葉が気になってきた。

 自分のところにまわってきた「福」を、みんなに分ける。自分も、だれかのところにまわってきた「福」を分けてもらう。そんな「福」の分けっこをしたいものだと思うようになった。

 そんなとき、舞踊家であり、小金井にある「アートランド」というスペースのオーナーでもある佐久間久美子さんから「アートランドで何かイベントをやらない?」という誘いがあった。4月17日から5日間、即座にOKして「サロン・ド・マンプク お福分け」とタイトルも決めた。さあ、パーティーの始まりだ。

 最初に頭に浮かんだのは、粘土の人形を素材にしたCG作品を製作しているアーティスト、木村よしひろさんだ。実は、彼は病気になって、東京のオフィスをひきはらって療養していた。僕はてっきり「彼はもう逝ってしまうんだ」と思っていたけれど、お見舞にいってみたら、まだまだ死ぬ気はないらしい。だったら、思い切って人前に引っ張り出してしまおう…と決めた。

 さらに、伊藤清泉さん、ビアンカさん、辻村誠さんの出品が決まり、ユーシン、南正人さん、萩原信義さん、金太郎さんによる二日日間の連続ライブ、舞姫ハリケーン・サリーちゃんのダンスが決まった。ナミさんは、翌日からツアーで名古屋に出発するのに「その日ならあいてるからOKだ」と、気軽に言ってくれたのがうれしかった。三日目は、小金井の都立武蔵野公園・くじら山で毎年やってる「はらっぱ祭り」の友だちが中心のライブだ。掘田きよみちゃん、琵琶の日吉さん、サンシンの古川哲さん、ギターの山口晶さん、バズーカ酒井さん。

 僕は、自分の作品として「あんどん」を出すことにした。布や板を用意して、自宅の一室でトンカン、トンカンと12個を作った。母や叔母に布を縫ってもらい、書家のいとこに「サロン・ド・マンプク」の字を書いてもらったりと、周囲の人間を総動員である。

 結局、僕は一人では何もできない。仲間がたよりなのだ。だから、僕も人を手伝いたいと思う。

 こんだけ生きていれば、自分の器量はだいたいわかる。あとは、やりたいことをやるか・やらないかだけだ。

 いよいよ、初日。大森正弘さん、小林肇さん、柴田庸介さんのヘルプを受けて、ディスプレーが完成。野の花と大きなあんどんで出入り口を飾り、床にちゃぶ台を置いて、キャンドルをともした。床には、商業イベントの残材のパンチカーペットをしいた。

 乾杯のお酒は、ちょっとした思い出のある「梅錦」の一斗樽、いきつけの酒屋さんを通じてとりよせた。樽酒が届いたとき、いちばんうれしそうだったのは、その酒屋「鈴伝」のおやじさんだった。樽をあけるための「へそ」がついてないとかで、三つ頭のキリを取り出して穴をあけてくれた。しめしめ、鼻高々で楽しそうだぞ…と、ここでまた会話がはずんだのも、パーティーのうれしいオマケだ。

 さて、木村さんの退院を祝い、樽酒の鏡開きで始めようとしたが、用意していたはずの小槌がない。結局は、大工道具の「なぐり=トンカチ」で、樽を開いた。どういうわけか、いつも「なぐり」が身近にあるのだ。

 こういうめでたい大義名分があると、堂々とお酒を飲めていい。いや、理由なんてなくたってオッケーだ。ちあき、あきら、ドラゴンたちのおかげもあって、一斗の樽酒は、集まってくれた約50人によって、数時間でカラッポになった。

 ツマミや手作りケーキも、順調になくなった。田舎の叔母が作ってくれたキンピラゴボウ。親戚みんなで、農家から大根を買いつけてきて、家で干して漬けたたくわんは、古漬けになっていて、我ながらおいしい。

 初日から三日続いたライブは、当然、ものすごく盛り上がった。ナミさんとノブさんのライブでは、みんな輪になって踊りまくった。あの熱気や、輝いていたみんなの顔、異次元空間に迷い込んだような雰囲気は、とても文章にできない。

「とても楽しかった、ありがとう」

 この一言であらわすしかないな。

 漫画家の三原陽子さんは、お花のプレゼントとともに現れて、あんどんに僕の似顔絵を描いてくれた。伊藤清泉さんも、あんどんに即興で描いてくれた。さっそく使わせてもらった。ありがたい。全国ツアーの途中でタイミングよく現れた梶田イフさんは、その夜のうちに浜松に向かって旅立った。

「餅つき」も、面白かったなあ。

 以前から、自宅だの、新宿のクラブだので餅をつく機会があって、チーム名を「餅つきテルテル」と名乗っている(どこでも出張餅つきいたします。ご用命はマンプクまで)。そのメンバーの一人、塚本登くんが、瑞穂さんというステキな女性と結婚したのを祝って、餅つきをすることにしたのだ。

 まず、もち米は、アートランドの外の道路にカマドを組んでふかした。近所で居酒屋を経営しているおばさんが、若い男といっしょに、おそるおそる近づいてきたので、話をした。あとになって、笑いながら「変な人がいてこわかったから、息子をボディーガードに連れてきた」という。たしかに、火の番をしている大森さんは、マレー帽をかぶった怪しいかっこうだ。

 餅をつきはじめたら、みんなの表情が変わった。カウンターで飲んだくれていた人が、杵をにぎったらシャッキリしたし、いったん杵をにぎったら、なかなか離そうとしない人も多い。みんなで餅をつくっていうのは、ほんとうに楽しいもんだ。

 いちばん笑ったのは、一臼めのつきたて餅をアンコとカラミで堪能したあと、二臼めの準備をしていたときだ。

「オレは納豆餅が食べたい」

「私はきなこ餅。塩と砂糖の加減はまかせて」

「餅には海苔がつきものだ!」

 みんなが口々に言い出して、コンビニに走る人、真剣な表情でゴマをする人…。実に多彩なつきたて餅が楽しめた。そうそう、武藤守さんによる、そば打ちの実演も忘れちゃいけない。おいしい、と評判だった。石森康子さんのおむすびの差し入れも最高、漫画家のあやせ理子さん差し入れのワイン、「MAY」編集部からの八海山もありがたかった。(漫画関係は、漫画の原作も手がけている作家、パートナーの規枝のネットワークだ)。

 結婚パーティーのお祝いに餅をつきにいった、新宿のバー「福力市座」のドラゴンと裕子ちゃんは、1歳のラムちゃんを連れてきてくれた。「お福分け」のきっかけを作ってくれた若柳さんと布施伊三美さんは、お餅に間に合ってめでたし、めでたし。佐藤澄子さん、小松延江さんは、タイミングがあわずにお餅をのがした。いずれ、彼女たちのためにお餅をつきましょう。

 …さて、ここまで書いてきて「たくさんの人名が出てくるなあ」と実感する。なごめる場所があり、アートと光、ここちよい音楽とお酒とつまみがあって、そこに人がいる。人と人が自然に出会って、知らない者どうしが、自然に話しだす。そこに何百人、何千人がいたとしても、出会って話をすれば「一対一」の関係なんだと僕は思っている。パーティーは、これがいいんだよね! 会場のあちこちで「福」がとびかっていたような気がする。

 最終日のかたづけが一段落したところで、佐久間さん夫妻が冷たいビールを用意してくれた。忙しくて疲れているのに、そういう準備をサッとやってくれるんだ。さすがだね。

 乾杯! ありがとう! お疲れさまでした! 

 武藤さんのおかげで、いろんな人と、ずいぶん知り合えた。ありがたい。彼は、昔から遊びを提供してくれる人だ。

 ちなみに、5月27には、福祉や教育をテーマにした漫画を集めたお祭り「EN-NI-CHI2001」に参加して、「なごみカフェ」というコーヒーショップを開いた。ここでもいろいろな出会いがあり、サロン・ド・マンプクの第二弾とあいなった。

 次もまた、楽しい出会いの機会を作り、おおいに盛り上がりたい。福の分けっこをして、今世紀を有意義にすごしましょう。

 乞うご期待!

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