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 菊畑さんについて
 
 美学校の菊畑教室に僕は四年間在籍しました。それ以前に水俣病の運動に関わっていましたので、そのルートで菊畑さんという画家を知ったわけです。
先生と生徒はなかなか複雑なものです。「天動説」と自分の作品に名前をつけていました。他人事から自分のかしなくてはと思っていた時期ですので、時代外れタイトルに興味を持ったのです。初めは自分探していたものに近い存在でしたが、近くで接して、色々知ってくると、自分との違いの方が気になって来ます。
そんな訳で、エジプト旅行を機に、画家の子弟関係は僕の方から切りました。
 
僕は画家である前に人間でありたいと思っていますし、それは患者さんを含め、運動で出会った多くの人々からの影響です。菊畑さんもそんな一人に過ぎないと相対化することができたのだろうと思っています。
 
先生の仕事で一番評価しているのは、炭鉱労働者だった作兵衛さんのあの価値を見出し、世に紹介した事です。国際的な評価、ユネスコの文化遺産に登録され、筑豊の大切な文化遺産となりました。
生き生きと躍動感に満ちた、坑夫の生活は、日本の近代化が、こう言った無名の人々の活動によって支えられて来たことを示す、財産です。
「軍艦島」などの同じユネスコ文化遺産と合わせ、ご覧になって下さい。インターネットで検索すれば、色々出てきます。            まもる   6/3
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