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贅沢とはなんだろう?


 三十代の終わりの頃、僕はエジプトに旅行した。砂漠を歩いてみたかったこと。胃を切って十年、その回復を確かめたかったことなどが、旅を思いついた理由です。
 
 胃を切る前、甘党の僕はポケットに、チョコレートやら何か甘いものを忍ばせておくのが常だった。それが大福一つでも、食べると動悸が激しくなり、血糖値が上がり、ひどい時は意識がなくなる程になってしまった。うどんやそばならやっと一膳食べられるまでに回復したからです。
 
 カイロで最近日本に行ってきたという、ヨルダン人と知り合いになった。小さな商社をカイロで開いていた。彼は僕をカイロの高級店に連れて行ってくれた。次から次と料理を注文したのだが、僕はほとんど味見程度に口を付けるだけで、食べることが出来なかった。
 
 良くしたもので、その国にはそれなりに、胃の弱い人に優しい食べものあるものである。街のどこにでも、屋台がある。イースト菌で膨らませないパンの中に、羊の肉や煮豆やカブやキュウリの塩漬けを入れたサンドイッチをどこでも売っていた。煮豆を入れたものが一番安く、貧しい人の日常的食べものであった。
 なんと、何とそれが僕の胃は違和感を感じなかった。煮豆だけの貧しい人の食べ物、エジプト中どこにでもある食べもの。それが僕の胃に一番優しかった。なら何処にでもゆける。
 
 お陰でサハラ砂漠のオアシス周りも行くことが出来た。欧米の旅行者相手のお店の料理も、僕の胃はちょっと注意といってくる。マクドナルドのハンバーグも日本と大差ない味なのに、日本にいる程美味しく感じない。そこのドリップ式のコーヒーもどうも合わない。
 
 エジプト人がたむろする、お茶のコーヒー、それをブラックで飲む。イタリアンよりもっと濃い、コーヒー粉と一緒に飲む方が、美味しい。地元の人はかならず、角砂糖を何個も入れて甘くして飲むのだが、砂糖は僕の胃は受け付けない。「ノウシュガー、ブラック」と言わないと、角砂糖が一個は入っている。このエジプトコーヒーのブックは、乾燥した気候の下では、何と美味しく、胃に優しい。
 
 この旅行経験は、弱い胃でも十分に世の中を渡ってゆける自信に繋がった。
 
 贅沢とは何だろうか?
 健康な胃なら、高級料理店でのステーキは贅沢品だろう。船盛りしたお刺身も。しかし僕は、刺身を一切れ二切れ食べれば十分、ツマの大根の方が美味しく感じる。
 
2016.9.19  Mamoru Muto

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