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 スサノウについて 
         -古代史は面白い
 日本の面白い神様です。古事記では、お母さんの伊邪那美がすぐ死んでしまったので、お母さん恋しさで暴れて、天界を追放され、出雲を治めるが、最終的には黄泉の国の王になる。とても人間的神様です。多分にマザコン気味で自分をコントロール出来ない。古代はそんな男が多かったのではないでしょうか。
 彼ほど性格が歪められた神様はいません。出雲風土記ではそんなマイナスのイメージは全くありません。八岐大蛇伝説は治水に関することから生まれた神話でしょう。草薙の剣は金属加工の技術について記述です。そしてお祭りで踊ったり、歌垣で歌を歌ったりと民衆に親しまれた神様でなのです。
 スサノウは日本生まれの神様ではなく、辰韓、朝鮮半島東南部からの移住者が持ち込んだ神様です。彼らは金属加工や土木技術を持ち、砂鉄の取れる出雲の山間に移住しました。彼らの持ち込んだ技術のお陰もあり、出雲が日本の覇権を争う程に力を持つことになるのです。そして、大国主とともに出雲を代表する神様となったのです。恐らくそれを支持したのは、貴族達より民衆でしょう。その人柄を出雲以外にの人々も愛したのでしょう。また、大国主は因幡の白ウサギの伝説のから読み解けるのは、優しさ、医療、豊かさの象徴です。だから広く民衆の中に広く浸透したのでしょう。
 ヤマトは出雲との覇権闘争には勝ちますが、民衆に人気の高く、各地に広まった出雲神信仰、大国主やスサノウを無視できない。ことあるごとにその後ろめたさから祟りを恐れることになるのです。
 「祟り」は根拠があるから祟るのです。貴族だけの反感ならいずれ収まります。民衆に広く支持された神様だと、無視することは出来ません。民衆の思いが為政者へ陰の圧力として作用するわけです。それが祟りの正体です。祟りを鎮めるためには、政敵そのものや政敵の信仰した神を祭り、政敵の民衆に支持された政策を実行することにより初めて祟りから解放されるのです。藤原氏が菅原道真の政策を実行し、天満宮に道真を祭ったことと同じことです。
 
 古代の庶民についてはあまり分かりません。神話を庶民の心の軌跡として読むと、彼らの願いや願望が何か分かるような気がします。そして、古代史を豪族達の勢力争い、邪馬台国は何処にあったか、とかだけで見ると、間違えるような気がします。例えば、卑弥呼は日の巫女で、太陽信仰という視点から見れば、何処にいてもおかしくないのです。それは時代が下り、伊勢神宮が設立され、アマテラスが祀られる。また、外宮には豊穣の女神、豊受大神が祀られた。その流れこそ歴史の必然があったのだろうと思います。そうしなければ安定しなかった。スサノウやオ大国主、タカムスヒのような男神ではなく女神である必要があったのです。それは、庶民が男神ではなく女神を願った。太陽と豊穣の女神を願ったからだと思います。そこに古代は女性が尊敬された社会といった、真実が見えてくのです。
 大国主の国譲り、話し合いにより国の主導権を渡した。そして、女神を最高神とした。それらは、朝鮮半島や大陸とか一線画した、歴史を日本列島は歩んだということでしょう。
 縄文人の時代は一万五千年あります。それは確固たる文化の蓄積です。朝鮮半島を経由して弥生人が入り米の文化を持ち込んだ。彼ら弥生人も好戦的な人々ではありません。女神を信仰する農業を営む人々です。稲作技術を縄文人に伝え同化したのです。弥生時代後期になり、遊牧民の文化が入るが、移動してきた人々は比率的には圧倒的に少数です。当時の先進的技術を伝え、日本人として同化した。「戦いではなく融合」、それが日本の古代史の特徴だろうと思います。
 縄文人が信仰した山の神は田の神に変身し、稲荷神として、豊穣の神となる。荒ぶる神のような自然神、縄文の神の性格は今日まで残して、です。
 
 渡来人
 弥生時代が始まってから、奈良時代までの千年、朝鮮半島からの小規模移住者の集団が断続的に途絶えることはなかった。百済や高句麗の滅亡による遺民のような政治的理由は少なかったのではないでしょうか。
 米を作る人々にとって、雨がが多く温暖な日本は魅力的な土地だったのだろうと思います。また、製鉄は大量の木材が必要です。日本と比べたら森林の少ない朝鮮半島では、木材の枯渇に悩まされるようになりす。その意味でも、日本は魅力的な土地だったのでしょう。
 弥生人は、元々は揚子江周辺で大きな王国まで作っていた人々です。北の王国の圧迫から逃れ、海岸伝いに半島南部までやってきた人々です。定着し人口が増えれば、新たな開墾が必要となります。同じく開発するなら、移動の記憶があるなら、今度は海の向こう新天地に行こうと思うのは難しいことではありません。
 また、彼らを受け入れた日本側も、渡来人の持つ進んだ土木、農業、機織り、そして製鉄の技術は魅力的だったのです。各地に生まれつつあった国々の王や貴族達は、王国の開発に彼らを必要として、土地の斡旋し彼らを喜んで受け入れたのでしょう。渡来人と在日本人との間には、持ちつ持たれずの関係があったのだろうと思います。
 朝鮮半島の中でも、北の遊牧民と南の農耕民の間にもまた、同じような関係があったのではないでしょうか。政治的に支配する、支配される関係ではなく、中国や草原の道からの先進的ものを持ち南下してきた人々と、その技術を開発や社会の向上に使おうとした人々との、持ちつ持たれずの関係があったのではないでしょうか。
 
 中国経済の破綻
 今年に入り中国の主要都市の土地価格が下がり始め、全国に拡大しています。外国の投資家の撤退が続き、中国政府はそれを食い止めるのに躍起になっています。今年の秋以降、リーマンショックや90年代の日本のバブル崩壊の様な、経済の専門家の関心にとどまらない事件として表面化する可能性があります。
 しかし、この国は大手の報道機関は政府の管理下にありますし、地方政府や大手銀行や企業の財務情報は表に出てきません。表に出るのは政府のコントロールが効かなくなった最悪の時です。また、この国は大きな国ですので、変化もじわじわと時間をかける可能性があります。極端な事件として表面化しないかも知れません。しかし確実に言えることは、三十年続いた高度成長期は終わり、中国は新たな時代に入いったということです。
 日本のバブル崩壊やリーマンショックの様な混乱は、避けては通れない道だろうと思われます。将来の中国社会にとって、けして悪いことではありません。中国人が経済だけではなく、自分達の足元、豊かさとは何かを見直す、絶好の機会だからです。
 専門家によれば土地バブルの崩壊だけでは大きな混乱にはならない。シャドーバンク絡みから金融危機、政府が銀行や地方政府の破綻を隠せなくならなければ、危機にならない。と言います。それはより深刻な危機に時代に突入すると言うことでもあります。
 
 90年代、共産圏の崩壊に伴い、アメリカの世界支配が始まり、世界の金がアメリカに集まった。しかし、それは不自然なことでした。バカな大統領の戦争と共にそれは崩壊したのが、リーマンショックです。
 中国はいわば図体だけが大きくなった高校生みたいなものです。大人の国とはとても呼べません。蓄積した国内の問題を解決して始めて、信頼される国へと成長する必要があります。これからの何十年かはそのため調整、改革の時期です。高度成長期が三十年かかったら、そこから生まれた環境問題、格差拡大による社会不安、情報の自由化などを解決すべき課題は山積みです。恐らくこれから三十年の時間はかかると見るべきでしょう。
 
 かっての国家は経済危機に陥ると、戦争という手段で国民の意識を外に向けさせてきました。南沙諸島や東シナ海の領土問題で日本を非難するのも、国内問題が日々悪くなっている証拠です。国と国の相互依存が密になり、戦争という手段に訴えづらくなっていることもありますが、ソ連やアメリカの様に、戦争という手段をとってこなかった、中国の指導者に敬意を示してもいいかもしれません。
 中国は巨大な国です。マルクス主義を農民主体の革命に書き換えることによって革命を成功させた。共産主義経済から市場経済へ誘導にも成功した国です。外国の制度を上手く自国の実情に合わせる柔軟性を持ち合わせた国でもあります。世界の経済や政治に東アジア的要素を付加することも、日本や韓国以上に可能な国でもあるのです。
 
 汚職
 汚職は経済成長期にはどこの国でも起こる。中国の場合、汚職は深刻な体制を揺るがす政治問題となりつつある。習政権はここ二年間、贅沢禁止令から始まり、党幹部の汚職摘発に臨んで来た。二桁の経済成長は望めなくなった現在、汚職は党存続の死活問題となって来たからです。
 八月に入り、石油や公安のトップの摘発、「周永康氏失脚 親族ら300人拘束、資産1兆円超差し押され。」と大々的に報じられた。しかし摘発された金額に驚かされる。中規模の国家の予算程度と巨額な金額です。しかし、これは氷山の一角というよりは、この国の持つ構造的欠陥の表面化を遅らせる効果しかない。汚職とは国民が報酬として認められない金のとです。闇に消えてしまったもので、この国の非効率さを表すものでもあります。
 この国は今回も党規律違反と言うことで、汚職に関する細かい法律で裁かれるわけではなく、権限を持った権力者の裁量ですべてが判断されてしまう。多分に党内の権力闘争の様相を呈していることと、明確な基準がないために国民にははなはだ不透明であることなど、政治の根幹に関する問題が改善されたとは言えないものです。汚職はこの国の国家体制の改革、党支配から法の支配へと進まざるを得ないものなのです。
 皮肉と言えば皮肉です。かって中国共産党が国民党に勝ち得たのは、汚職が少なかったからです。国民党の支配の方が圧倒的であったものが、真面目さを売り物として国民の信頼を勝ちとっのが共産党です。今は同じ汚職により国民の信頼を失おうといるのです。
 
 
 北朝鮮の日本人拉致
 北朝鮮の安部政権はこの問題で交渉しています。政府間の話と日本人が持つ認識に大きな開きがあります。これは犯罪ですから、全ての拉致された日本人が帰るのは当たり前と、日本人は認識しています。しかし、北朝鮮にとってそれは出来ない相談です。彼等は諜報活動の為に日本人を連れて行ったのです。現政権にあまり大きなダメージを与えないと思われる、北朝鮮の秘密情報をあまり知らない人間しか返せないからです。
 小泉政権時と同じ様に、ある人数で妥協するかが、政府間の交渉となる可能性が強いのです。横田めぐみさんが帰って来れないのは、彼女かロイヤルファミリーと接触があったこと、大韓航空機爆破と関係があったからです。
 昨年の北朝鮮の粛清騒動以後、中国と北朝鮮の関係が悪化しています。経済的に中国に頼っている北朝鮮にとってこれは深刻な問題です。だから日本との交渉を始めたのです。この交渉で何人帰ってくるか分かりませんが、日本が制裁を解除することは、核兵器開発の制裁包囲網を破るということです。それはこの国の延命を助けるということでもあります。安部政権は支持されるより非難される方が大きくなる可能性があるのです。
 拉致問題にしても核兵器開発にしても、この国を崩壊させる方が、早い解決方法かもしれません。僕は少人数返還より、この国を解体を考えて欲しいのですが。安部政権の命取りなりかけない問題です。
 
 ミミの帰国    別ページに写真あり →
 十二年ぶりにドイツからミミが里帰りしました。今年99歳になるお母さんに会うためです。丁度台風が日本を縦断した日、大阪から東京に出て来ました。八王子の友達のところに泊まると言うので、駅で出迎え、高尾山口のトロロそばを食べに行ったのですが、駅前にだまし絵の美術館に寄っている間に、蕎麦屋は閉まってしまい、食べず終いでした。
 もう70歳過ぎているのに、元気で行動的、そしてキュートで可愛い。いつもメールやフェイスブックでやりとりしているので、久しぶりに会った感じがしませんでした。姉上にはノラの分も長生きして欲しいですね。
 
 
 差別-穢多と非人
 先頃、国連の人種差別撤廃委員会から日本政府に対して、在日韓国、朝鮮人への右翼の過激な宣伝行動、「死ね」「殺せ」が飛び交うデモなど、に何らかの法的措置をするようにとの指摘があった。安部政権の保守的政に右翼が元気付き、過激に反応したものです。
 日本に明治維新までは人種差別はなかった。植民地化により朝鮮半島から在日の人々がたくさん来るまでは。古代の渡来人は国を追われた人々でも、日本の豪族達は文明を持ち込む人々と言うことで、優遇した。先祖が朝鮮半島出身であることは、誇りであり名誉であったのです。
 
 日本にある差別、被差別部落は、日本人の宗教観と大きく関係しています。支配者、公家や武家と表裏一体の関係にあった、日本独特のものです。
 日本は温かく湿度が高く、そのため食中毒や疱瘡などの流行病に古代より悩まされて来ました。それを起こすもの、それによって死んだものを「不浄のもの」として忌み嫌って来たのです。そこに奈良時代渡来した仏教の殺生を嫌う思想が加わり、特殊な宗教観を持つようになりました。家畜の殺生、犯罪者の刑罰の実行する特殊な階層が鎌倉時代以降、徐々に身分外に「穢多」集団形成されることになります。
 平安時代、古代の豪族が公家として役人化すると、殺生を伴う軍事は武士に任された。武士は殺生するが故に公家より蔑(さげす)まわれることになります。鎌倉時代にいたり、武士は殺生を厭(いと)わないから武士なのですが、いざ安定政権の座に着くと、殺生の専門家「穢多」を育成し、今度は自分達が殺生から遠ざかると言う論理矛盾を起こすことになります。
 そして、飢饉や戦争で乞食まで実を落とした人々が「非人」と呼ばれました。「穢多」と「非人」は士農工商の枠にははまらない、身分外の貧民層を形成することなになります。彼等は日本の歴史や文化に大きな影響を及ぼしてきたのです。
 南北朝時代の足利尊氏の側近、高師直は悪党(野武士)を組織化して強力な軍団を作っていましたし、琵琶法師、金閣銀閣寺の庭師は非人の身分でしたし、能、歌舞伎も旅芸人から生まれました。
 今日被差別部落として残る「穢多」は、江戸時代の鎖国とともに皮が外国から入ってこなくなると、一段と重要性を増します。武具や革製品は武士や公家にとって必要なものですので、差別とは裏腹に保護されることになるのです。また、非人達も「施しにより生活する」という立前はありましたが、他の階層がしないあらゆる職種に就き、日本の社会を支えていたのです。
 
 風呂好きで、街にゴミが散らかっていないと、外国人が褒める称える日本人の清潔癖が、被差別部落を生み出したとも言えます。日本の文化と考えた時、彼らの存在は欠かせないわけで、彼等の行動が奥深く豊かにして来たことは確かで面白いのです。
 
 
 今年の福生カニ坂フェステバルの写真です。8/23~24に行われました。やはり、野外は開放的で良いですね。ホームページにはたくさん写真入れておきました。
別ページに写真あり →
 秋の関心事
 ひとつは中国経済、もうひとつはアベノミクスの行方です。中国経済がバブル崩壊すれば、日本は勿論世界経済にも大きな影響が出てきます。デモが頻繁し、共産党への批判が大きくなれば、政治的混乱となり、長いこと続く可能性があります。民主化と言っても殆んどの中国人は分からない政治体制だからです。軍による統治とか、紆余曲折を経なければ、実現しません。目の離せない国です。
 アベノミクスは規制緩和をどれだけやれるか、ということにかかっているやうな気がします。これも秋以降表面化してくるようになります。金融緩和による賃金上昇も消費税と物価上昇でマイナスになりました。これからは国民の目が厳しくなります。
 この政権は一日も早く退陣して欲しいのだが、本命の経済政策の欠陥が表面化しないことには、退陣と言うことにはなりません。アベノミクスの3本目の矢の内容の無さと中国経済の崩壊によるダブルパンチとなった時この政権維持は難しくなると思われます。その意味でも気になる秋です。こんな時代を逆戻りする政権は、一日も早く退陣するのが良い。一時的な経済浮揚なんかより、そらの方が一番大切。
 

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