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品ついて


「品ひん」は「貧ひん」につうじ、
「気高き清貧」は、物であふれる今日でも、
人間の品格の最上位に位置することには変わりがない。

でも、長年の貧乏生活に、僕ははなはだ疲れてしまいました。
できたら、「貧」を僕の看板することは取り下げたいのですが・・・。



人間の品とは香りのようなものです。
日々の行動や言葉使いや振舞そのものではなく、
それらの仕種の狭間に見え隠れし感じられる匂いのようなものです。

若い頃は、親から受け継いだ性格や感受性から、
また、年を取ってからは、人生経験から得た知恵や考えから、
自然と心が発する香りや匂いのようなものです。

いい匂とは、己に固執せず、
人への配慮を忘れず、更に普遍的価値へ繋がるものを持合せている故に、
何気ない仕種のでも人の心を和やかにするし、豊かに感じさせます。


その反対に、「卑」は我に固執した姿です。
良いことを言っても、何やら臭さを感じさせてしまうのは、
その心根が不純故に、疑惑を拭いきれないのです。

誰も自分を大切することなしに、何事も成立しません。
しかし、自分だけに始終し、人への配慮を欠き、
         その場凌ぎの対応しかできなくなると、
人は、己の厚顔無恥な醜さに気づかなくなってしまいます。


できたら、僕も「品がある」いわれる人になりたいものです。



困ったことに、情報が飛び交い教養のある現代人は、
理想を追うあまり、知識だけ先行してしまう傾向があります。

品は意識的にどうこう出来るといった代物ではありません。
それは、長い時間の中で無意識のレベルまで沈められた、
         感性や思想から発せられるものだからです。

「品」を取り戻そうとしたら、まず色々なしがらみを排除して
         「素直な自分との対面」という努力が必要です。
それが一番大変な作業です。それが出来れば誰でも、
   人を思い世界を想う心根のあることも気づくでしょし、
   更にそこに、普遍的な価値を見いだすこともできるでしょう。
そして、時々そんな自分を確かめることが出来れば、
         自ずと日々の行動が品を帯びてくると思います。



でも、何が上品で何が下品かは、そう簡単には言い尽くせません。
でもきっと、「人の品格とは何か」と時々考える続けることが、
「品を保ち続ける」一つの方法だと、僕は思っています。

2007.5.26 Mamoru Muto

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