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時雨      
 
 
    いつ降り始めたか分からない雨が、
    街路樹を濡らし、傘が一つ二つと通る。
    カラカラ乾燥した北風が吹く頃なのに、
    今年は暖かく、なかなか冬は来ない。
    しとしと、霧のような雨が、家々を濡らす。
 
       この時期のこんな雨は、故郷を思い起こさせる。
       十一月に入ると、日本海側にある故郷しぐれ模様の日が多くなる。
       雪の降る前の曖昧な沈んだ時期、
       僕の中の陰湿な部分はこの季節に形作られ、
       心の底の部分を支配する。
 
    
    遅い朝、朝とも昼ともつかぬ食事をしに、
    近くのレストランの窓側に席をとった。
    ピザパイをたのみ、エスプレッソコーヒーをすすり、
    ボーと外を行き交う人や車を眺めている。
         なんと久しぶりだろうか、至福の空虚な時間。
 
 
       ふと、痛みが、遠い記憶から蘇った。
       幼き頃の火傷の痛み。
       叔父の焼いた石の鑿が十分に冷めぬ前に触れてしまったのだ。
       大事にはいたらなかったが、
       指の痛みに続き、雨と、遠くの飯豊の山々の白い頂が、
       一繋がりとなって、記憶庫から蘇った。
 
       父方の叔父叔母達はみんな死んでしまい、
       田舎の風景も、大きく変わってしまったが、
       しかし、遠い記憶の風景は、年を増すごとに鮮明となる。
 
 
    師走の遅い銀杏紅葉は、しっとりと濡れ、
    僕の心も、しっとりと、
    忘れていたことどもの中に沈む。
2006 12 18 Mamoru Muto

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